声優・市ノ瀬加那インタビュー#3「背伸びをしても、どこかで無理がくる。だから楽しく、一歩ずつやっていく」
アニメ 見放題インタビュー
2025.06.06
幼い頃からアニメを観るのが大好きで「アニメの世界に入れると本気で信じていた」と語る市ノ瀬加那さん。幼少の頃に思い描いていた形とは少し違いますが、彼女はその夢を"声優"という形で叶え、『葬送のフリーレン』フェルン、『機動戦士ガンダム 水星の魔女』スレッタ・マーキュリー、『Dr.STONE』小川杠、『ダーリン・イン・ザ・フランキス』イチゴなど多くの話題作で人気キャラを好演。自分の感情を場面ごとのキャラクターのセリフに重ね合わせ、立体的かつ鮮やかにその心情を描き出します。このインタビューでは、全3回にわたって市ノ瀬加那さんの人となりをひもとき、その作品への向き合い方と役づくりの秘密に迫ります。
■大西沙織さんと過ごす日がエネルギーチャージ
――休日はどんなふうにしてリフレッシュされていますか?
「おもにメンテナンスで終わってしまうことが多いんです。ただ、そんな中で最近、同じ声優の大西沙織さんと時間を見つけて一緒にカフェに行ったりして、仲良くさせていただいています。なんだか沙織さんって、沙織さんのほうから素を見せてくれる感じがあって、距離感がすごく心地よいんですよね」
――お二人の波長が合うんですね。
「この前なんか、12種類くらいの中からランダムでキャラクターのキーホルダーが入っている商品を一緒に買ってみたんですけど、二人とも別の箱から選んで買ってみたんですけど、『せーのっ!』で開けてみたら、二つともまさかの同じキャラクターでした。休みの日とかに沙織さんに会って、ご飯行ったりお話するのがすごく楽しいので、これからも二人でいろいろなところにお出かけしたいなと思いますね」
――素敵な関係性ですね! 最近、インスタで「シーリングワックス」を作られているのもお見かけしました。
「そうそう!海外の手紙とかで封をするために貼る、ロウを溶かしてスタンプしてつくるものなんですけど、最近好きでよくやっているんです。それこそインスタで見かけて『なにこれ?』と思ったのが最初で、シーリングワックスという名前もわからなかったんです。そこから自分でやり方を調べたり、写真をアップしている方のアカウントを見たりして、『気になる』と思い始めた頃に、ちょうど雑貨屋さんで一式セットが売っているのを見かけまして!『これはせっかくの機会だな!』と思って、一式を買って始めたのがきっかけなんです。結構、ハマってますね」
――昔の手紙だと赤とか青とか単色のイメージを思い浮かべがちだけど、市ノ瀬さんのインスタの写真を見るとすごくカラフルですよね。
「そうなんです、すごくかわいくて。1cm四方の小さいロウをいくつか使ってつくっていくんですが、『どんな色で』『どんなスタンプで』とか、それぞれやる方によって選ぶもので個性がまったく違うので、すごく楽しいですよ。例えば、同じ色のロウソクを使ったとしても、流し込む段階でマーブルな色合いでできあがるので、やる度に全然違うデザインができあがるんです」
――面白そうですね! 実際に、ご自身のシーリングワックスで手紙を出したりもするんですか?
「いや、それがほとんどは観賞用なんですよね(笑)。逆に以前、手紙を送ったときに『いい機会だし、使ってみよう!』と思って、自分でつくったシーリングワックスをつけて送ってみたんですよ。『可愛いし、喜んでくれるかな』と思って。そしたら郵便局のほうから『規定の厚みを超えてるので、追加料金がかかります』と言われてしまって。で、どうやらシーリングワックスの厚み分だけ、郵送物の厚みが超えていたみたいでした(笑)」
■お芝居のスイッチの入れ方
――ここからは、市ノ瀬さんの声優としての役作りについてお聞きしたいんですが、何か役をもらってからルーティンとしてやっていることはありますか?
「そうですね。役作りの前の段階にはなってしまうんですが、日々の感情を大切に生きるようにしています。食べている時や楽しい時、それ以外の気持ちも嚙み砕いたり味わうように日々を生きるようにしています」
――でも、そうやって普段から言葉や表情の奥にあるものを考えているからこそ、いろいろなキャラクターを演じ分けることができるんだと思います。市ノ瀬さんはどちらかといえば感覚的なタイプですか、理論的なタイプですか?
「基本は、その中間にいると思っているんですど、どちらかに決めろと言われたら『感覚的』といわれる方のタイプかもしれないですね。キャラクターが泣いているときは私自身も泣いちゃうし、けっこうリンクしちゃうほうかも。他の方のお芝居をみていると、泣いているお芝居を泣かずにできる方も全然いらっしゃいますし。お芝居のやり方は人それぞれですね」
――なるほど......! お芝居に入り込むと、後に役を"抜く"時間が必要だったり...という話も聞くんですが市ノ瀬さんもそうですか?
「それは作品や、その時に収録するシーンによってもだいぶ違いはあるんですけど、少なからずそういう部分もあるかもしれないです。例えば、元気なタイプのキャラのお芝居をするときって、自分の中ではテンションを5段階ぐらい上げないと、そのお芝居ができないので、家を出るときに「音楽を聴いて気分を高めておく」とかは結構やります」
――「音楽を聴く」というのが市ノ瀬さんにとっては、テンションを上げるお芝居のスイッチになっているんですね......!
「テンションを上げるだけじゃなくて、逆に気分を落とすときにも音楽を聴いたりしますね。ちょっと落ち着いた曲とか、悲しげな曲とか。あとは好きな曲を聴いて緊張を和らげたり。必ずしもお芝居する時に聴いてるわけじゃないですけど、その時の作品や気分によって変わりますね」
――面白いですね......! ちなみに「今後、こんな役柄をやってみたい!」と聞かれたら、どんな役と答えますか?
「なんだろう......でも、もう感情がドロッドロになるような役をやってみたいかな。感情がむき出しになっていくような、そんな作品がやりたいですね」
――演じたときにめちゃくちゃメンタル持っていかれそうですけど、大丈夫ですか?(笑)
「感情を持っていかれるから、最近はあまり観すぎないようにしているんですけど、でもお芝居としてやるのは好きなんですよね」
■自分のペースを守って機嫌よくやっていきたい
――座右の銘と言われたら、どんな言葉が思い浮かびますか?
「『楽しくやる。一歩ずつやる』ですかね。ゆっくりでいいから一歩ずつ自分のペースで歩んでいくことが大事だなって思います。『楽しくやる』も、ほとんど同じ理由ですね。仕事が楽しいと思えるからこそ、ずっと続けられるんじゃないかな」
――「楽しくやる」。前回のインタビューで、アルバイト経験を通して学んだことでも、同じことをおっしゃっていました。「楽しくやる」を続けるためには、どんなことが大事だと思いますか?
「機嫌よくいる事です。それって決して"仕事"を楽しくやるだけじゃないと思うんですよね。プライベートも同じで、プライベートが楽しくなければ仕事は楽しめないし、仕事が楽しくなければプライベートは楽しめない。連動しているものだと思います。だから最近は、家にいるふとした瞬間の気持ちとかをすごく大事だなと思うようになってきて。できるだけ穏やかな気持ちで、機嫌よく過ごしたい。そんなことを意識するようにもなってきたような気がします」
――ありがとうございます。今後、どんな声優であり続けたいですか?
「『一歩ずつやる』と同じことかもしれないですけど、自分なりのペースで無理せず、プライベートも仕事も楽しんで行けたらいいかな。自分以外のことが原因でペースを守るのが難しくなる瞬間って、やっぱりどうしたってあると思うんです。『常に機嫌よくいる』ってそんなに簡単じゃないですけど、出来るだけ落ち込んでも早く気持ちを立て直すようにしてます。好きだと思えるものに触れて、ペースの取り戻し方をちゃんと知って、いつも自分を穏やかな状態に保っておけたらいいのかなって思います」
■ただ甘いだけじゃない青春の1ページを描く|『ハニーレモンソーダ』石森羽花
©村田真優/集英社・ハニーレモンソーダ製作委員会
――『ハニーレモンソーダ』では、主人公の石森羽花役を演じられています。初めて原作を読んだときには、どんな印象でしたか?
「本当にタイトル通り、ただ甘いだけじゃなくて、酸っぱさもあれば炭酸のようなピリッとした刺激もある作品ですよね。高校時代の人間関係の中に詰まった、そのバランスが絶妙に描かれていると思います」
©村田真優/集英社・ハニーレモンソーダ製作委員会
「特に物語の前半は、過去にいろいろなつらい経験をした羽花ちゃんが高校に入学して、一歩一歩自分の道を頑張って歩んでいく姿が描かれていて。その頑張りが、胸に刺さってくる。それが背中を押してくれるような感覚もあって、『私も頑張ろう』っていう気持ちに自然となれるような気がします」
――この作品での役作りは、どんなことを意識されていましたか?
「自分自身も大人になって上京してから人見知りになって、羽花ちゃんに近い心情を経験したので、お芝居としてはすっと入っていけるような感覚はありました。ただ、羽花ちゃんって、普通のセリフ以外にも、モノローグとナレーションもたくさん喋るので、現場では『ナレーションは俯瞰でお芝居してください』というディレクションをいただいたんですが、感情の置き場が難しく、苦戦しました。特に羽花ちゃんって少しずつ明るく積極的になってどんどんクラスになじんでいく、物語の中で成長するタイプの子なので、物語全体のバランスを見ながら『ここは気持ちが盛り上がっていくんだけど、盛り上がりすぎちゃいけない』みたいな場面もあったりして」
©村田真優/集英社・ハニーレモンソーダ製作委員会
――物語全体のバランスを見つつ、しかも人物、モノローグ、ナレーションを一つの収録で演じ分けなきゃいけない......。一回の収録でも頭がこんがらがってきそうですね......。
「ナレーションだけ別で録る瞬間もあったりしたこともあるんですけど、基本的には一連の流れの中でなので、すごく難しかった記憶があります」
――ちなみにアフレコ現場での思い出などはありますか?
「最初の頃こそメインの役だけでの収録ばかりだったんですが、最後のほうはクラスメイト全員で録る機会があって。そうなると『本当に高校のクラスじゃない!?』っていうくらい人数が多い現場になって(笑)。収録の合間にみなさんとお話させていただいたりとかして。特に矢野さん(三浦界役)、土岐さん(高嶺友哉役)、八代さん(瀬戸悟役)の三人が中心になって『どんな学生時代を過ごしてた』とか、みなさんで盛り上がりました」
――楽しそうですね!(笑) ちなみに、市ノ瀬さんは北海道のご出身ですが、北海道ならではの「学生あるある」とかあったりしますか?
「これは中学時代の話なんですけど、私が通っている学校って制服ではなく、基本的にジャージ登校だったんです。たまに座学の授業だけの日とか、式があるような特別な日は制服を着る感じで。普通の制服通学なら「少し着崩したりする」みたいに、ちょっとおしゃれに制服を着ようとするんだと思うんですが、ふだん着ているのがジャージなので、その学校指定のジャージにおしゃれ性をみんな見出していて(笑)」
――おしゃれ性を見出す(笑)。
「その中で、『切りジャー』と呼ばれる文化がうちの地元にはありました。いわゆるやんちゃな感じの子たちがやることが多かったんですけど、ジャージをとにかくガビガビに切るんです。ほとんどハーフパンツくらいの丈まで(笑)」
――市ノ瀬さんもやっていたんですか?
「いや、ジャージって切っちゃったらもう戻せないし、冬は寒いので私はやってなかったです(笑)。あれは謎の文化でしたね」
■努力を努力と思わない天才少女|『メダリスト』狼嵜 光
©つるまいかだ・講談社/メダリスト製作委員会
――『メダリスト』では、主人公・結束いのりのライバルでフィギュアスケート界の天才少女である狼嵜 光(かみさき ひかる)を演じられています。まずは、こちらの作品の魅力を教えてください。
「『メダリスト』も本当に面白い作品ですよね。主人公のいのりちゃんが司先生と一緒に成長していく物語で、つねに熱い展開が待っている、もう余すところなく面白いスポーツ漫画だと思います。原作を読んでいて感じたのは絵力の凄さ。いのりちゃんが、がむしゃらに食らいついていくときの表情とかを見ると、背筋がゾクッとするような、ちょっとした怖さすら覚えます。そんないのりちゃんが、日々の練習だったり、大会だったりを通じて成長していく姿を見ていると、涙せずにはいられないシーンもたっくさんあります。そういうシーンに出会うたびに『自分も何か頑張りたいな』と思える。そんなところが、『メダリスト』ならではの魅力だと思います」
――演じられている狼嵜 光の魅力はどんなところだと思いますか?
©つるまいかだ・講談社/メダリスト製作委員会
「1期でいうと、『努力を努力と思っていない』というのが彼女特有の感覚になっていて、それが当たり前なんだろうなというのは感じますよね。ふつう、あの年齢の女の子なら自由に遊べる時間も欲しいはずじゃないですか。でも、そういう時間を一切捨てて、すべてをスケートに注ぎ込んでいる。『狼嵜光=スケート』と言えるくらいに、人生の軸がスケートになっている子なので、やっぱりそれだけ熱い思いを持っているのでしょう。あの年齢でそこまで人生を賭けて打ち込めるものがあるって、本当にすごいことだなって思います」
©つるまいかだ・講談社/メダリスト製作委員会
――ありがとうございます。狼嵜 光はかなりストイックなキャラクターだと思いますが、市ノ瀬さんご自身はストイックな部分ってありますか?
「最近は、体力をつけたいと思っていて、少し外で走るようにしているんです。昼でも夜でも走れるときには『30分でいいから走ろう』って思って。でも、音楽を聴きながら『今日はどの道を行こうかな』って気分で走る道を選ぶ瞬間とか、走っているときに『このお家、素敵だな』『こんなところにお店あったんだ』とか気づくこととか、すごく新鮮な気持ちなんですよね。ストイックとは違うかもですけど、最近はそんなふうにランニングをするのが楽しいですね」
取材・文/郡司 しう 撮影/小川 伸晃