声優・市ノ瀬加那インタビュー#2「高校時代のスーパーのレジ打ちバイトから『水星の魔女』オーディションの裏話まで」
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2025.05.30
幼い頃からアニメを観るのが大好きで「アニメの世界に入れると本気で信じていた」と語る市ノ瀬加那さん。幼少の頃に思い描いていた形とは少し違いますが、彼女はその夢を"声優"という形で叶え、『葬送のフリーレン』フェルン、『機動戦士ガンダム 水星の魔女』スレッタ・マーキュリー、『Dr.STONE』小川杠、『ダーリン・イン・ザ・フランキス』イチゴなど多くの話題作で人気キャラを好演。自分の感情を場面ごとのキャラクターのセリフに重ね合わせ、立体的かつ鮮やかにその心情を描き出します。このインタビューでは、全3回にわたって市ノ瀬加那さんの人となりをひもとき、その作品への向き合い方と役づくりの秘密に迫ります。
■専門学校の学費は、高校時代のアルバイトで
――声優になる前のアルバイト経験などあれば教えてください。
「高校生時代はスーパーのレジ打ちを3年間、専門学校時代はファミレスでホールスタッフのアルバイトなどをしていました。とくに高校時代は平日は短時間ですけど、土日はフルで入っていて。だから、部活にも一瞬だけ入ったこともあるんですが、バイトのためにわりとすぐに辞めてしまって、3年間びっちりバイト漬けの生活でした。なんなら、同じ職場のパートの方よりも私のほうが働いていたんじゃないかというくらいの働きぶりでした(笑)」
――高校時代からかなりバイトに精を出していたんですね!何か欲しいものがあったとか?
「いや、給料は全然使わず、ひたすら専門学校に通うための学費を貯めていたんです。基本的には学費は全部、自分で払う取り決めだったので。最初は純粋に『バイトしてみたい!』『好きに使えるお金が欲しい!』という思いでバイトを始めたんですが、2年生に上がった頃からは明確に『学校に行くためにお金を貯めて行こう』と考えてバイトをしていました。でも今思えば、自分で稼いだお金だったからこそ、それだけ専門学校で真剣に打ち込めたのかなとも思います」
――高校生のときから、そうやって将来の自分のことのためにお金を貯めるというのは、そうそうできることじゃないと思います。アルバイトを通じて「学びになった」と感じていることはありますか?
「学び、というわけではないんですけど、お客さんとの信頼関係を築くことができたのはそれに近いのかなと思います。高校時代、専門学校時代とどちらも接客だったのですが、わりと年配のお客さんに気に入っていただく機会が多くて、レジ打ちのときには、毎回私のレジ列に並んでくださる方がいたり、買ったお菓子をその場で『休憩のとき食べて』とくださる方がいたり。あるおじいちゃん、とてもかわいらしい方なんですけど、その方からは『いつも丁寧な接客をありがとう』と書いた手紙をいただいたこともあります」
――市ノ瀬さんの接客に、元気がもらっていたんですね。そういう接客を心がけていたんですか?
「特に『元気に明るく接客しよう』と心がけていたわけではありませんが、『自分が楽しんで仕事をしたい』とは考えていました。そして、それは声優になった今でもつねづね考えていることです」
■右も左もわからない自分を育ててくれた『ダリフラ』
――ここからは、声優としての転機についてお聞きしたいと思います。
「私にとっての転機は、一番最初に主要キャラクターで出演させていただいた『ダーリン・イン・ザ・フランキス』。声優としてのスタートラインになった、思い出深い作品です。全員が、とても丁寧に作品を作り上げていこうという気持ちを持った現場で、右も左もわからない駆け出しの私に対してもすごく丁寧に向き合ってくれました。どんなことにも一つひとつ真剣に向き合っていく姿勢を目の当たりにして、スタッフ、キャスト関係なく『すごく人に恵まれた現場だな』と思いました」
――駆け出しの頃ということで、プレッシャーも感じていましたか?
「それが、当時は何もわからないからこその謎の自信みたいなものがあって、逆に、やってやるぞ!くらいの気持ちでいたので何度リテイクになっても落ち込まずにいれました。当時のメンタルを見習いたいくらいには鋼のメンタルでした(笑)」
――駆け出しとはいえ、肝が据わっていますよね(笑)。当時、現場でかけられた言葉などで、印象的だったものはありますか?
「現場でのリテイクは何度もありましたが、1話だけ、それでもOKが出ずに居残りになってしまったことがあって。そのシーンが、石上静香さんが演じるイクノちゃんが、私が演じるイチゴのことが好きで、告白するシーン。告白された後に、イチゴがイクノちゃんにかけるセリフが難しくて、なかなかOKが出なかったんです。そして申し訳ないことに、石上静香さんにも一緒に居残りをしていただくことになってしまいました」
――石上さんと市ノ瀬さんの二人の掛け合いシーンだったんですね。
「そうです。収録後、改めて石上さんに『一緒に残っていただいてしまって本当にすみません』という連絡をしたら、すごくやさしい言葉が返ってきて、その優しさに心が救われました。そうした温かい雰囲気を、石上さんをはじめ周りの先輩たちが作ってくれていたんだなぁと思うと、思い返しても感謝しかないですね」
■オーディションでの突然の追加台本に頭がフル回転|『機動戦士ガンダム 水星の魔女』スレッタ・マーキュリー
――2022年に放送された『機動戦士ガンダム 水星の魔女』(以下、『水星の魔女』)では、主人公のスレッタ・マーキュリー役を務められました。ガンダムという歴史あるシリーズ、しかもテレビシリーズでは初の女性主人公とあって、プレッシャーも大きかったのではないでしょうか?
© 創通・サンライズ・MBS
「最初の頃は、やっぱりものすごくプレッシャーを感じていました。マネージャーさんから『決まったよ!』という連絡をもらったときは、夢のような嬉しさを感じる反面、ものすごい緊張感も同時にありました(笑)」
――なかなか、ほかのアニメでは味わえない緊張感ですよね(笑)。
「あまりの大役なので不安も大きかったのですが、ただ、『そんな気持ちじゃ、多分演じ切ることはできないだろうな』と思ってもいたので、『精一杯、スレッタちゃんを演じることを楽しもう』という方向に必死に自分の気持ちを切り替えたら、だいぶ気持ちが楽になり、楽しくアフレコにも臨めました」
――過去のガンダムシリーズも見返したりしたんですか?
「『ガンダム』と名のつく作品に出る以上、もっと詳しくならなきゃいけないと思っていたので、『機動戦士ガンダム』を見返したりもしました」
――シリーズの1作目を見返したんですね......!
「はい。私、アムロがホワイトベースから逃げ出して、砂漠の酒場でランバ・ラルさんに会うシーンが好きなんですよね。アムロがホワイトベースのクルーだとなんとなく気付いているけど、あえてそこでは返すという、その行動にはいろいろ考えちゃいましたね」
――かなり渋めのシーンがお好きなんですね(笑)。話が少し戻ってしまうんですが、オーディションのときの裏話などはありますか?
「そうですね......オーディション用の資料は事前に渡されていたものがあるんですが、現場に入ると、そこに追加資料があったんです」
――えっ、それはオーディションで読む台本として、ですか?
「そう、しかも3ページくらいあるやつ。かなり準備してきたつもりだったけど、それを渡された瞬間に、『うわっ、どうしよう!』ってすごく焦りましたね。オーディションが始まるまで10分ほど時間があったので、台本を読んで自分の中でシーンを固めて......と、もう頭フル回転でした(笑)」
――それは大変でしたね......!実際、スレッタを演じるときにはどんなことを意識されていたんでしょうか?
© 創通・サンライズ・MBS
「オーディションの段階で『普段過ごしているときと、ガンダムに乗っているときは、ガラッと雰囲気を変えて大丈夫。ガンダムに乗っているときはかっこよく』とディレクションをいただきました。さらにエリクトは『ナチュラルで、幼く』と、それぞれディレクションをいただいていたので、それに応える形で、スレッタとエリクトは役作りをしていきました。ただ私自身、現場に入ってからもスレッタやエリクトが先々、どんな状況になっていくのか、物語がどう展開しているのかを知っていたわけではないので、その都度、渡される台本を見ながら模索していきました」
© 創通・サンライズ・MBS
――そうだったんですか......!?
「でも、そこには小林監督のご意向がちゃんとあって、『先のことをすべて知ってしまうと、それを予測したお芝居になってしまうから』ということで、あえて先々の展開は、キャスト陣には秘密にしていたそうです。
だから、私としてはとても純粋に先入観なく、辺境の水星から出てきたスレッタ・マーキュリーという少女を演じさせていただいたな、という気がしています」
■母親から解き放たれて、自分を見つけていく物語|『機動戦士ガンダム 水星の魔女』スレッタ・マーキュリー
----スレッタのことは、どんな人物だと捉えていらっしゃるんでしょうか?
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「水星が同年代の子のあまりいない惑星だったという、彼女の生まれ育った環境も要因の一つだと思いますが、私自身も、北海道から上京したあとに人見知りが発動してしまったタイプなので、スレッタの気持ち......例えば、学園に入ったばかりで同年代の子たちとうまくコミュニケーションが取れないシーンなどは、『めちゃ分かる......!』と共感しながらお芝居させていただいていました」
――どことなく水星から来たスレッタと、北海道から来た自分が重なる部分があった?
「全然"ぴったり重なる"というまでではないと思いますが、"近いものはあるかな"くらいには感じています」
――そのお話を聞くと、いつも元気に振る舞っているように見えるスレッタの、日常の気持ちの変化が、もう少し深く理解できそうな気がします。物語の中での「スレッタの成長」というと、どんなふうに捉えていますか?
「水星という、ある意味、狭く閉じられた世界の中で、『母親』を信じて生きてきた。無垢でまっすぐな彼女にとって、お母さんのいう言葉って絶対的な力があったんだと思います。そんな状態で学園に入学して、同年代の子たちと触れ合うことで、自分の中にある軸(お母さん)とは違う軸を、みんなが持っているということを少しずつ知っていく。Season1で描かれていたのは、スレッタのそんな"ズレに気づいていく"部分じゃないかと思うんです。そして、それが大きく動くのがSeason1の最後、衝撃的だったあのシーン......」
――ミオリネを救おうとして、ガンダムで初めて人をあやめてしまうシーンですね。
© 創通・サンライズ・MBS
「そう、あのシーンで、それこそお母さんの言葉を信じて生きてきたスレッタにとっての正義感と、ミオリネが持っている正義感の違いが、決定的に描かれたと思うんです。でも人の生死に関わる正義感って、例えば、学園の日常生活での周囲の人とのちょっとした感覚のズレとは、比べ物にならないくらい重くて大きなことですよね。だからこそ、その事件がきっかけになって、スレッタは自分の中にある軸(お母さん)を疑い始めるようになる。自分の中にある『母親』という絶対的なものから少し離れて、自分自身で考えられるようになっていくんですね。本当の意味で、彼女が自分自身に向き合うようになったのはSeason2が中心なのかなと思います」
――確かに、最終回でプロスペラに「やだ」と、プロスペラに自分の思いを伝えるシーンで、はっきりとその成長が観ている方にも伝わります。あのシーンは、どんな気持ちで演じられたのでしょうか?
「スレッタってあまり難しい言葉を使わないんですが、だからこそまっすぐ相手に届いていくような言葉だとも思うんですよね。たった二文字ですけど、いつもまっすぐなスレッタの中でも『これが一番か』というくらいまっすぐな気持ち、お母さん(プロスペラ役の能登麻美子さん)に思いを伝えるつもりで『やだ』というセリフは喋りました」
■人間関係にはいろいろな形があっていい|『機動戦士ガンダム 水星の魔女』スレッタ・マーキュリー
――アフレコ現場やアニメ以外での思い出などはありますか?
「ミオリネ役のLynnちゃんとは、『水星の魔女』で初めてがっつりご一緒させていただいたのですが、Lynnちゃんってすごく不思議な空気感を持っている方で、一緒に現場に入るだけで、すっと緊張がほぐれてくる感じがするんです。それは、アフレコだけでなくラジオも。Lynnちゃんがすごく自然体でいてくれるから、私も同じように自然体で、フラットな感じでいられる。そういう意味で、Lynnちゃんの存在にはすごく救われていたな、という気がします」
© 創通・サンライズ・MBS
――ムードメーカーとかとは、少し違うんでしょうか?
「うまく表現するのは難しいんですけど、『LynnちゃんはLynnちゃんのままでいてくれる』みたいな感覚です」
――ありがとうございます! 最後に、市ノ瀬さんが思う『水星の魔女』という作品の魅力を教えてください。
「本当に、どんな場面、どんな人物を切り取ってもドラマがあるので、すごくたくさんの魅力があるし、それこそ語り尽くすことができないくらいだと思います。その中で私が感じている『水星の魔女』の魅力の一つは、人間関係って人それぞれいろいろな形があって、どんな形でもどんな関係性でもいいんだと思わせてくれる作品だったことです。『水星の魔女』には、スレッタとミオリネの関係をはじめとした学園内の関係、スレッタとプロスペラの親子や、ミオリネの親子、ジェターク家の親兄弟、ゼネリ家の養親子と、本当に多様な人間関係が描かれていたし、そこにはさまざまな問題を抱える関係性があったと思います。一見、仲が良さそうで順調に見えても問題があることだってあるし、逆に仲良くなさそうに見えても絆が強かったりもする。作品の中で描かれたいろいろな関係性の中には、自分と重ね合わせられるものがあるかもしれない。そういう意味で、観た人の心に必ず何かを残してくれる作品なんじゃないかなと思います」
■兄弟愛・家族愛が複雑にからみあうハーレムラブコメ|『紫雲寺家の子供たち』紫雲寺ことの
©宮島礼吏・白泉社/「紫雲寺家の子供たち」製作委員会
――『紫雲寺家の子供たち』では紫雲寺家の才色兼備の7兄妹のなかで、五女・ことの役を演じていらっしゃいます。市ノ瀬さんが思う、この作品の魅力を教えてください。
「とにかく一人ひとりのキャラクターがとても魅力的で、それぞれにファンができそうな子たちばっかりなんですよね。家族だと思って過ごしてきた7人の兄妹が、『本当は、血が繋がっていない』と言われるところから始まるお話なんですが、その中でも私が演じている紫雲寺ことのは、誰よりも先にお兄ちゃんである主人公の新に対して恋心を抱いて、大胆にも告白してしまうという女の子で。そんなことのちゃんの行動から、徐々に周りの兄妹たちもざわざわしはじめて、いろいろな変化が起きていくんですよね。ラブコメでありながら、そこに兄妹愛や家族愛が複雑にからみあっていく様子が、魅力的だなと思います」
©宮島礼吏・白泉社/「紫雲寺家の子供たち」製作委員会
――ありがとうございます。前回のインタビューでも、幼少期のお兄さんとの兄弟ゲンカのエピソードがありましたが、市ノ瀬さんご自身のご両親や兄妹との思い出話はありますか?
「そうですね。なんか、うちの家族って『どうぶつの森』みたいな雰囲気で、すごく穏やかなんですよ(笑)。それで、例えば家族からプレゼントされたものなんかを、みんなすごく大事にしてくれるんです。例えば、おばあちゃんにお洋服をあげたらそのお洋服をたくさん着てくれたり。兄に限っていえば、私が海外旅行に行っておみやげで買ってきたキーホルダーをいまだに使ってくれているんですよ......!どうやらデザインが気に入ってくれたみたいなんですけど、あげた私自身がたぶんいちばん衝撃を受けてます(笑)」
取材・文/郡司 しう 撮影/小川 伸晃