声優・早見沙織インタビュー#3「その瞬間、心を重ねて言葉を紡いでいく。早見沙織が大切にする、キャラへの向き合い方」
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2025.08.08
「SPY×FAMILY」のヨル・フォージャー役、「鬼滅の刃」の胡蝶しのぶ役、「ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか」のリュー・リオン役など、数々の人気キャラクターを演じ、その魅力を引き出してきた声優・早見沙織さん。歌手としての顔も持ち、2025年にはアーティスト活動10周年を迎えます。節目を迎えたいま、彼女はアーティストとしてどんな気持ちで音楽に向き合い、声優としてどんな気持ちで役に向き合っているのか。このインタビューでは全3回にわたって、早見沙織さんの音楽活動と声優の仕事に対する思い、そして人となりをひもといていきます。
■マシンピラティスから始まる充実した一日
――お忙しくされていると思いますが、休日はどんなふうに過ごされていますか?
「最近は、昨年末から始めたマシンピラティスをして過ごすことが増えました。じつは周りの役者さんでもやっている方が多くて、『カラダの巡りが良くなるし、いいよ』というお話を聞いて、興味が湧いて始めてみたんです。いわゆるヨガマットの上で身一つでやるものではなくて、ヨガよりも少し運動やトレーニングに近いイメージ。筋トレみたいにマシンを使って」
――マシンピラティス、初めて聞きました。
「いざ始めてみると、体のありとあらゆる部分が伸びていくのがわかるし、キツすぎず筋肉も適度に動かしていくんです。始めてから、息がよく吸えるようになる感覚があって。やっぱり体ってふだん生活しているだけでも、何も意識しなければ、姿勢はどんどん悪くなっていくし、肺活量も少しずつ減っていってしまうじゃないですか。マシンピラティスを始めたことで体が改善されて、お芝居や歌にもすごくいい影響があるなって思って続けています」
――充実した過ごし方ですね。
「そうですね、お休みの日で行けそうなときは、なるべく朝にピラティスに行くと、その後の一日がすごくすっきりした気持ちで過ごせるんですよ。それにもう一つの楽しみが、ピラティスが終わったあとに、近くのお気に入りのカフェに行くこと。朝からピラティスを頑張った日は、ご褒美にそのカフェに行って美味しいランチを食べたら、もう完璧です(笑)。そんなふうに過ごせる日は限られますが、休日はできるだけ心も体も穏やかに充足させられることが、お芝居や歌の、いいパフォーマンスに繋がってくるような気がしています」
■キャラクターが、自分の中の扉を開けてくれる
――ここからは、早見さんの声優としての役作りについてお聞きしたいと思います。
「私にとってはまず、感覚的に『そのキャラクターをどう捉えるか』っていうところが大きいと思っています。オーディションがある役であれば、いただいた資料や、セリフの口調、アニメの絵柄、作品の資料での表情などから、自分がパッと感じた印象をもとに、『こういう声かな』というのをイメージしていきます。
ただ、それはあくまで粗い水彩画のような、ディテールを描きこんでいない状態。そこから台本のト書き(セリフ以外の指示の書き込み)を読んだり、原作があれば原作を読み込んだりして、作品全体の流れを見ながら、いろいろな要素を組み合わせて細部を詰めていく、というやり方をしています」
――となると、事前の準備が大切なんですね。
「そうですね。ただ、私にとっては準備だけが大切なわけでもなくて現場に入ってから得られる情報も同じくらい大切だと思っています。現場で監督や音響監督からもらうディレクションや、そこで初めて知る制作の方々の思い、キャラクターの情報もあったりするので。あまり事前に作り込みすぎて独りよがりになってしまうのも怖いので、あくまでスタートラインは『監督、音響監督に聞いてもらってから』という気持ちも持つようにしています」
――なるほど。現場に入ってから心がけていることはあったりしますか?
「現場ではまずテストをやって、そこから本番までのあいだにディレクションが入るので、そこで監督、音響監督からもらったディレクションは、基本的に私以外の役者さんに対するものもすべて、台本にメモするようにしています。自分のお芝居だけじゃなくて、『周りの人は、どういう方向性でお芝居するのか』がわかっていないと、全体の中での自分の方向性も定まっていかないので」
――じゃあ、むしろ現場に入ってからのほうが頭フル回転ですね。
「そうかもしれないです(笑)。多分、『求められている正解』ってそのときにしか生まれ得ないものだと思うんですよ。だから毎回緊張もしますし、その場で得られるものを踏まえていろいろなことを試せるように、柔軟にいようという気持ちは持っていたほうがいいんじゃないかなって思います」
――演じるキャラクターへの向き合い方、というとどんなことを心がけていますか?
「そうですね......言葉にするのはすごく難しいんですが、私はお芝居をしているうちに、『そのキャラクターに、自分のいろいろな扉を開けてもらう』と感じることが多いんです。
最初は、それこそビジュアルや原作の情報を頼りに、そのキャラクターの声や喋り方をイメージしていく段階。その先、一歩進んでアフレコ現場に入って実際に声を出してほかの役者さんと掛け合いをしていく段階になると、今度はキャラクターに人間としての生の部分、感情や心の内側みたいなものを、どんどん引き出してもらっているような感覚がある。
それはどんな作品でもわりと感じていて、セリフを喋りながらもそのキャラクターに対して、『だからこういう言葉、言い回しが出てくるんだ』っていう気持ちが湧いてくる。しかも、そうやってお芝居の中でキャラクターを通じて感情が引き出されていく瞬間って、自分の心自体も震えてるんですよ。『あれ、いま魂が震えてるぞ』って」
■感情が重なる瞬間に紡がれる言葉
――そのキャラクターの感情や心の内側が、早見さん自身に重なって、早見さん自身の感情も動くということですよね?
「そう、だと思います。その瞬間って"キャラクター"という概念の枠を超えて、お芝居を通じてその人物の心に触れる、繋がるっていう感覚を覚えるんです。そのことが、自分にとってはお芝居の鍵になっている気がします。
前回のインタビューのときに、音楽でも『ステージの上からお客さんの心に触れていて、自分の心が動く瞬間がある』というような話をしましたが、そこで味わう感覚にも結構近いかもしれません」
――「お芝居を通じて、キャラクターの心に触れる、繋がる」というのは、どんな瞬間にそれを感じるんでしょうか?
「わかりやすく言うと、そのキャラクターを演じている私でも、思ってもみなかった複雑な感情がセリフで表現されることがあって、アフレコで喋ってみて初めて、『あ、こんな感情でこのキャラクターはセリフを言っていたんだ』ってわかることがあるんです。
それはお芝居として、『このセリフはこういう感情だから、こう喋ろう』と前もって意識していたら絶対に出てこない表現で。物語の流れがあって『そのキャラクターが感じていた気持ちの動き』が、ほかのキャラクターとの掛け合いの中でしぜんと、生まれてくるものだと思います」
――劇中でその瞬間、キャラクターが抱いている感情が、アフレコ中の早見さんにも同時に生まれてくる。それが「心に触れる、繋がる」なのかなと感じました。
「その感情を抱くタイミングが同じだから重なっていく感覚があるし、心に触れている、繋がっていると感じているのかもしれません。それこそ、キャラクターがその扉を開けてくれて、私自身、『こんな表現になるんだ...!』って驚くこともよくあります」
――シンクロというか、本当に劇中の中にいるかのように気持ちが重なっているんだなぁと感じます。これまで3回にわたって音楽活動と、声優のお仕事についてお伺いしてきましたが、最後に今後の活動に対する意気込みをお聞きできますか?
「声優の活動にしても、音楽活動にしても、どちらも時が経てば経つほど、一つひとつの作品、楽曲に『こういう思いを載せたい』という気持ちが、私自身からたくさん湧いてくるようになってきました。そしてそれは、これまでの私の経験だったり積み重ねてきたものがあって、そういう気持ちが生まれるんだろうと感じています。
ただ、そこで表現したいものがけっしてそれが最終的なゴールや答えでは全然なくて。これから出会う作品、音楽、人、キャラクターに対してもどんどん感じることが増えて、また自分の中から表現したい世界がどんどん生まれてくる。
これからもそんなふうにどんどん自分が変わっていくんじゃないかと思っています。
これまで自分の中に蓄積されたものはすべて込めながら、まだまだ自分の中の創作の泉に新しい水も注ぎ続けていきたい。音楽にしてもお芝居にしても、より一層豊かな表現ができる人になりたいなって思います。
たぶんそのためには、自分で自分の枠を決めすぎずなるべく自由な気持ちでいることが大事なんじゃないかな。今はそんなふうに思います」
■向く方向は違っても尊重しあってる|「雨と君と」藤
――7月スタートの「雨と君と」では、「君」と一緒に暮らすことになる主人公・藤を務められています。早見さんから見た、この作品の魅力を教えてください。
(C)二階堂幸・講談社/雨と君と製作委員会
「一言で言えば『心にやさしく染み込んでくる作品』で、とにかく観ているとやさしくて温かい気持ちになれるっていうのは、この作品にとってはいちばんの魅力になると思います。そしてもう一つの魅力は、『君』っていう犬の存在と動きが本当にかわいいってこと(笑)」
――楽しみですね! なにかアフレコ現場での思い出はありますか?
「思い出というよりも、監督たちのお話を聞いて『すごく素敵な作り方だな』と思ったお話が一つあって。この物語って、そのかわいさややさしい癒やしの世界の中に、かなり個性的な人たちが生きているんです。それぞれのキャラクターの性格にエッジが利いてて、その代表が私が演じた藤でもあるんですね。
ただ『個性的な人物たちがすごくお互いを尊重しあってる』というのも、作品として制作側がとても大事にしていた部分で。最初に現場に入ったときに、『いろんな人がいて、みんな向いている方向は違うけど、それをそのままにしておいてくれる世界を作りたい』と監督がおっしゃっていて、すごく素敵だなって」
――いいですね。例えば、それってどんなふうに作品に生かされてるんですか?
「細かな話にはなるんですけど、たとえば藤が昔から知ってる友達と、わーっと他愛もないことをしゃべるシーン。そのシーンを録ったときに、監督から『もう1回、やりなおしましょう』ってリテイクが入ったんです。そのときのディレクションが、『今のは、普通の楽しい会話になりすぎてました』っていう(笑)。
普通のアニメだったらこれがベストだと思うけど、『雨と君と』という作品においては、もっとみんなが全然違う方向を向いて好き勝手言ってる。それが気づいたら、会話になってた、みたいなのがベストだ、って言われて」
――なんとなくわかるけど、難しそう(笑)。
「そうなんですよ!でも、難しいけどめちゃくちゃリアルだなと思って。確かに、地元の仲良い同級生とかと話してると、気づくとみんな自分が好き勝手話してるときってあるじゃないですか(笑)。その監督のディレクションを聞いて、この作品が『すごくリアルな人間たちを切り取ろうとしてるんだ』っていうのが伝わってきましたね」
――面白いですね。そのエピソードだけでも「雨と君と」の世界観や雰囲気、トーンが伝わってくる気がします。
「仕事に疲れて帰ってきて寝る前に、『雨と君と』を観るのがきっと日常の中の癒やしの時間になってくれると思いますよ」
――もし、早見さんが動物と話ができるなら、どんなことを話してみたいですか?
「そうですね......ペットも含めて動物って、結構毎日食事の内容が決まってるじゃないですか。本当は食べたいものあるのかな、って思ったりするんですよね。だから『今日、何が食べたい』とかあるのかな、って聞いてみたいですね。『君』はフリップで出してくれるから、かなりわかりやすいんですけどね(笑)」
――ありがとうございます。最後に一言、メッセージをお願いします!
(C)二階堂幸・講談社/雨と君と製作委員会
「一つ、先ほど言い忘れたこの作品の魅力があって、それは『四季の描き方が美しいこと』。『雨と君と』というタイトルからもわかるように雨の描き方というのがすごく印象的で、物語自体も雨のシーンから始まっていくんですね。で、放送スタートが7月で、きっとちょうど梅雨まっただなか、季節にぴったりなスタートだと思っています。
そして、ワンクールを通して移り変わるいろいろな季節の描写を観ていると、きっと自分も出かけたくなる気持ちが湧いてくると思うので、ぜひ美しい季節の移ろいというものにも、注目してアニメを楽しんでいただけたらな、と思います」
取材・文/郡司 しう 撮影/小川 伸晃