松村北斗と上白石萌音の朝ドラコンビが映画『夜明けのすべて』で見せた恋人を超えた関係性
2025.10.21
新海誠監督による不朽の名作にして"新海ワールドの原点"ともいうべき劇場アニメーション「秒速5センチメートル」(2007年)が初めて実写映画化され、主演を務める松村北斗にも注目が集まっている。SixTONESのメンバーとしてアイドル業をまい進しながらも、一役者としての評価も高く、さまざまな作品に引っ張りだこだ。そんな松村が上白石萌音と共にW主演を務め、上白石とすばらしい役同士の距離感を作り上げた作品、映画『夜明けのすべて』(2024年)がJ:COM STREAMで見放題配信中。
同作品は、「そして、バトンは渡された」で2019年本屋大賞を受賞した瀬尾まいこの原作小説を三宅唱監督が映画化したもので、原作にオリジナルの要素を加え、主人公の2人が交流し少しずつ互いの殻を溶かし合っていく姿を、彼らが見つめる日常の美しさや季節の移ろいと共に捉えた人間ドラマだ。
パニック障害とPMS(月経前症候群)という、最近よく耳にはするが"どのような症状があるのか"など、社会的にまだまだ理解が浅いシンドロームをテーマに、症状の理解を深めながら、「人と人は助け合い寄り添い合えるし、どんな状況であっても救いはある」というメッセージが受け取れる心温まる作品となっている。
月に1度、PMS(月経前症候群)のせいでイライラを抑えられなくなる藤沢美紗(上白石)は、会社の同僚・山添孝俊(松村)のある小さな行動がきっかけで、怒りを爆発させてしまう。だが、転職してきたばかりだというのにやる気がなさそうに見えていた山添くんもまたパニック障害を抱えていて、さまざまなことを諦め、生きがいも気力も失っていた。職場の人たちの理解に支えられながら、友達でも恋人でもないけれど、どこか同志のような特別な気持ちが芽生えていく2人。いつしか、自分の症状は改善されなくても、相手を助けることはできるのではないかと考えるようになる、というストーリー。
理解の浅い病気をテーマに据えつつも、万人に刺さる"生きづらさ"
作品では、まず藤沢さんの日常を通してPMSの辛さや苦労を描くところから始まるのだが、女性特有の症状であるが故になかなか周りの人にも言い出せない上、症状にも個人差があるため同じ女性にも理解されにくいという"難しさ"を描写。さらに、それに伴って離職せざるを得なくなったり、再就職も困難を極めるといった、社会的な理解が進んでいないからこそ被っている"生きづらさ"を表している。
また、藤沢さんが再就職先で出会った後輩の山添くんの日常から、パニック障害の症候を描出。症状が出ないよう、できるだけ人と関わらないように気を張り続け、周りに壁を作って過ごし、食事に誘われても断ることしかできず、電車やバスといった公共交通機関も使えない。しかも、社会的に理解が進んでいないため、腫れ物に触るような反応を避けるために周囲に告白することができないという"生きづらさ"を描いている。
一方で、「なかなか周りには言えない悩み」というものは、大小の程度はあれど、誰もが抱えているもの。見ていて「なるほど」とこれらの症状を抱える人への理解が深まりながら、原因は違えど彼らの"生きづらさ"はとても心に刺さるものがあり、他人事でありながらどこか自分事のようにも感じられ、より世界観に没入することができる。
松村北斗と上白石萌音 2人の"息の合わなさ"がリアリティーを付与
加えて、作品の世界に引き込んでくれるのは役者陣の名演によるところも大きい。光石研、りょう、渋川清彦、芋生悠、藤間爽子、久保田磨希といった実力派俳優たちが主人公2人の周りの人物を演じており、2人に優しく寄り添い、支えて、"あたたかい雰囲気"を醸成している。2人のことを迷惑がったり、嫌悪するというような人物は一切出てこず、作品としても同じ症状で苦しむ人をそっと支援している。
そんな中、やはり特筆すべきは上白石と松村の演技だろう。上白石は、イライラが募って抑え切れずに爆発してしまう激しい芝居を見せたかと思えば、落ち着いた後に猛省して周りに過度に平身低頭してしまうという卑屈な芝居も披露して、まるで別人かと思うような落差のある演技で見る者を魅了。対する松村は、愛想がなく、人付き合いも悪く、協調性のない人物として山添くんを描きながら、藤沢さんの抱える悩みを知って分かり合う中で、次第に変わっていく心の機微を繊細に表現。自分は気付いていないが、周りから見れば明らかに以前とは違って、他人との交流が増えているという"変化"をグラデーションで魅せている。
そして何より秀逸なのが、2人が作り上げる藤沢さんと山添くんの距離感だ。会社の同僚という関係から、友達でも恋人でもなく"同志"のような特別な関係に次第に変わっていくのだが、友情のように熱くなく、恋愛のようにウェットでもなく、あくまで"同志"という距離感は、「2人とも『いっそ友情や愛情に振れてくれた方がやりやすいのに...』と思ったのではないだろうか」と邪推してしまうほど、なかなか難しい演技が要求されるところ。だが、初めは全く息が合わず、互いに苦手意識すら抱いていた遠い距離感が、互いの状況と苦しみを知って、"補い合えるのでは"というところまで関係性が構築されていく様子を極めてナチュラルに表現している。
しかも、2人は連続テレビ小説「カムカムエヴリバディ」(2021~2022年、NHK総合ほか)で夫婦役を演じており、互いに"どのような役者か"というのは十分知っていながらも、その知見を一度リセットして、 "息の合わない" 藤沢さんと山添くんの描き出しているところが作品によりリアリティーをもたらしており、役者としての深みを感じることができる。
PMSとパニック障害を抱える主人公たちの"生きづらさ"を見つめながら、どこか心に刺さる共感性を堪能していただきつつ、松村と上白石が演技で表現している"息の合わない"2人が特別な関係になっていく距離感の変化にも注目してほしい。
文/原田健