山田洋次監督の新作「TOKYOタクシー」公開間近! 今こそ見たい作品3選
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2025.09.22
映画監督・山田洋次といえば、代表作の「男はつらいよ」シリーズをはじめ、「幸福の黄色いハンカチ」、「たそがれ清兵衛」といった数々の名作を生み出した名監督。90歳を超えた今も現役で、2025年11月には「TOKYOタクシー」(倍賞千恵子・木村拓哉主演)の公開も控えている。人間味にあふれる温かい作風が特徴で、特に「家族」をテーマにした作品が多いことでも知られるヒューマンドラマの巨匠だ。
大きな事件が起こるわけではなく、日常生活の中にある小さな幸せや市井(しせい)の人間の営みを丁寧に描く視点が山田監督の真骨頂。時代が変わろうとも、日本人のDNAに刻み込まれたような心の機微や家族の絆を浮かび上がらせる作風は、まさに山田イズムとして映画ファンの熱い支持を得ている。今回はそんな山田洋二監督作品から、新作公開間近の今だからこそ見たい作品を3つ紹介しよう。
■高倉健の演技が心にしみる名作「幸福の黄色いハンカチ」
©1977,2010 松竹株式会社
1977年公開の「幸福の黄色いハンカチ」は、山田監督の評価を決定づけた作品でもあり、日本アカデミー賞で作品賞、監督賞、脚本賞に輝いたほか、キネマ旬報ベストテンでも第1位を獲得。毎日映画コンクールや報知映画賞など、同年の映画賞を総ナメにしている。
本作は、アメリカ人コラムニスト、ピート・ハミルのコラムがベースで、北海道を舞台にしたロードムービー。網走刑務所を出所したばかりの元炭鉱夫の男(高倉健)と、失恋の痛手を癒すために新車を購入して北海道に来た若者(武田鉄矢)、彼が旅先で出会った若い女性(桃井かおり)。そんな3人が旅をする物語だ。
高倉演じる島勇作には、愛する妻・光枝(倍賞千恵子)がいたが殺人を犯して服役し、離婚を決意。だが今も深く妻を愛する勇作は出所後、夕張にいる光枝に手紙を出し、「もし、まだ俺を待っててくれるなら...鯉のぼりの竿に黄色いハンカチをぶら下げておいてくれ」と伝えていた。夕張に行きたいが、自信の無さから逡巡(しゅんじゅん)する勇作を若い2人が励まし、夕張へと車を走らせる......。
映画の冒頭で、出所直後の勇作が中華料理屋でビールをうまそうに飲み干す場面が有名だが、数多い高倉健の出演作の中でも、本作は屈指の名演と言える。個性派で知られる桃井は、クセの強い芝居をするので脇役で使うのが難しい女優だが、本作では受けの芝居の巧みさを発揮。演技経験が皆無だった武田鉄矢の持ち味もうまく引き出している。武田の起用もポイントだったが、彼の個性を殺すことなく、作品の世界観に見事に溶け込ませているのは、やはり山田監督の力量と言えるだろう。
尺の使い方も絶妙で、旅先でトラブルに見舞われながら、見知らぬ仲だった3人の絆が生まれていく過程など、展開にまったく無がない。倍賞千恵子は、「男はつらいよ」シリーズをはじめ、山田監督と最も縁が深い女優だが、本作での抑えた演技も絶品だ。ちなみに、日本アカデミー賞では高倉健が最優秀男優賞、桃井かおりが最優秀助演女優賞、武田鉄矢も最優秀助演男優賞を受賞している。なお、警察署長役で渥美清が出演し、わずかな出番ながらも温厚な人柄がにじみ出るような見事な演技を披露しているのは見逃せないところだ。タイトルを想起させる有名なラストシーンは、まさに涙なくしては見られないだろう。
■木村拓哉と檀れいによる力強い夫婦愛が印象深い「武士の一分」
©2006「武士の一分」製作委員会
2006年公開の「武士の一分」は、「たそがれ清兵衛」、「隠し剣 鬼の爪」に続く、藤沢周平原作の時代劇三部作の三作目。藩主の毒見役として失明した下級武士を主人公に、彼を支える妻と中間、そして武士の一分を通すため復讐に挑む侍の矜持(きょうじ)を描き出す。主人公・三村新之丞を木村拓哉が演じ、その妻・加世には映画初出演の壇れいが扮した。中間の徳平を笹野高史が演じている。
剣術に優れながら、毒見役に甘んじる下級武士の新之丞だったが、愛する妻の加世と幸せに暮らしていた。しかし、赤つぶ貝の貝毒によって失明したために、生活は一変。藩の有力者である島田藤弥(坂東三津五郎)が加世の顔見知りであったことから、家禄の安堵を島田に取り成してもらうが、そのために加世の身に悲劇が訪れる。家禄安堵の約束を楯に、島田に手篭めにされたのだ。武士としての矜持を傷つけられ激怒した新之丞は加世を離縁し、島田への復讐を誓う。失明の身ながら、剣術の師・木部孫八郎(緒形拳)の元で特訓を積んだ新之丞は、徳平を通じて島田に果し合いを申し込む......。
夫婦の愛の物語であり、白刃閃く復讐譚でもある本作は、山田時代劇三部作のフィナーレを飾るに相応しい傑作だ。数ある木村拓哉の出演作の中でも、筆者は本作をベストワンに推したい。山田演出の素晴らしさは、武士の日常の描き方にある。狭いが清掃が行き届いた住まい、つがいの小鳥、縁側に差し込むやわらかい光。そんな生活感の描き方が徹底していて、細部に力を入れていることがわかる。「誰にでもある日常こそ、かけがえのないもの」であるという作品のテーマが浮き彫りにされる所以だ。
山田監督は、食事をする場面を重視することで知られるが、本作でも同様。映画の序盤、仏頂面で食事する新之丞だが、加世への愛情の深さと生活の幸福さが如実に伝わってくるのだ。この場面の「お湯をくれ」というセリフが、感動的なラストシーンに至る重要な伏線になっているので、ぜひご注意いただきたい。
■これぞ山田洋次監督の原点「男はつらいよ」シリーズ
『男はつらいよ』(第1作目)©1969 松竹株式会社
さて、山田監督の原点である「男はつらいよ」シリーズに触れないわけにはいかない。国民的人気を誇る映画シリーズであり、1969年の第一作が公開され、1995年公開の「男はつらいよ 寅次郎紅の花」まで48作が製作された。主人公・車寅次郎を演じた渥美清が逝去したことで、シリーズは終了したが、ファンからのラブコールに応えて、再編集に新撮影分を加えた「男はつらいよ 寅次郎ハイビスカスの花 特別篇」が1997年に公開。第1作から50周年に当たる2019年には、旧作の名場面に新撮部分を加えた第50作「男はつらいよ お帰り 寅さん」が公開された。
シリーズのほぼ全作に共通するストーリーは、テキ屋を営み全国を旅して生きる寅さんが、故郷の葛飾柴又に戻ってきては、旅の道中で出会った女性への恋心を募らせ、結局は失恋して再び旅に出る...... 。定型化したストーリーながらも、それが却って"様式美"となり、安心して楽しめるのだ。マンネリズムと揶揄されることもあったが、それを説き伏せる魅力を持つシリーズに育て上げたのは、まさに山田監督の"力業"だろう。
妹・さくら役の倍賞千恵子、その夫・博(前田吟)、2人の息子・満男(吉岡秀隆)、その恋人の泉(後藤久美子)をはじめ、おいちゃん(下条正巳)、おばちゃん(三崎千恵子)、タコ社長(太宰久雄)、御前様(笠智衆)といったレギュラー陣もおなじみ。あとは毎回華を添えるマドンナ役の女優が見どころだ。
マドンナには昭和の名女優たちが登場したが、中でも、リリー(浅丘ルリ子)は特別な存在。第11作の「男はつらいよ 寅次郎忘れな草」を皮切りに、計6作に出演している。スナックやキャバレーで歌う歌手であり、堅気でない点では寅さんと共通することもあり、相思相愛の仲だった。ちなみに「男はつらいよ」の中でオススメはどれかと聞かれたら、筆者は「浅丘ルリ子が出ている作品」と必ず答えることにしている。
山田洋次監督の作品は、常に大きな感動と共感を与え、その卓越した人間ドラマの描写力は見事と言うほかない。市井の人々にスポットを当て、庶民の心に寄り添う物語は優しさと温かさに満ちている。日本映画界への貢献度は計り知れないが、今でも現役ということが頼もしい。11月公開の新作「TOKYOタクシー」も大いに楽しみだ。
文/渡辺敏樹