【尾崎世界観連載】山田洋次監督作『学校』を大人の背中越しに見たあの日、僕が感じたこと

【尾崎世界観連載】山田洋次監督作『学校』を大人の背中越しに見たあの日、僕が感じたこと

子どもの頃に父親に連れられて行った映画館で、初めて「映画館の熱気」というものを感じた思い出があって。今回選んだ『学校』は、まさにその思い出と結びついている映画ですね。1993年公開で、当時小学生だったんですけど、浅草の映画館で観た記憶があります。新聞屋にタダのチケットをもらって、父親と観に行ったんです。映画館がものすごく混んでいて、立ち見の人も溢れ返っているような状況でした。通路にも人が座っていた気がします。映画の舞台となる夜間中学校の意味なんて当時の自分にはわからなかったし、立ちっぱなしで辛いし、寒かったのか暑かったのか、とにかく居心地が悪かった。今はそんなこと絶対にないけれど、昔は映画館も、野球場も、人が溢れて席に座れないのは当たり前でしたからね。だから記憶の中の映画館や野球場って、密度が今とは全然違うんです。

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それぞれ悩みや事情を抱えた人たちが夜の学校に集まってきて、共通点もない中で一緒にいながら、繋がっていく。そのくらいのことは子どもながらに分かったんですが、出てくるのは大人ばかりだし、小学生の自分には、詳しい物語の内容はさっぱり分かりませんでした。でも、覚えている場面はあって。たとえば屋台でラーメンを食べている先生役の西田敏行に、若者たちが群がってきて「そのラーメンのスープ、飲まないならくれよ」って言うシーン。あれが記憶にこびりついています。あと、この映画の景色や空気感に無性になじみ深いものを感じていたんですが、今になって調べてみたら、足立区や荒川区、江戸川区、葛飾区、墨田区あたりの学校が協力としてエンドクレジットに出ているんですよね。自分も葛飾区が地元だし、葛飾区立双葉中学校という、実際に通っていた中学校の名前もエンドクレジットに出てくる。初めてこの映画を観た頃はまだ双葉中学校には通っていなかったけれど、自分が普段見ている景色が映し出されていたからなじみ深さを感じていたんだろうなと今になって思います。東東京って、西東京に比べると暗い感じがするんです。色が曇っているというか、独特な土地の色味や匂いがある。20代の頃に西東京に引っ越してきたときに、「全然違うな」と思ったのも覚えています。

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子どもの頃は映画館で、「何なんだろう、これは?」と思うことが多かった。大人たちが大勢集まって、決して快適とは言えない環境の中でスクリーンを見つめている。あの頃は、映画を観ているというより、「映画を観ている大人たちを観ている」と言った方がよかったかもしれない。でも、そんな大人の背中越しに「何なんだろう、これは?」と思いながら観た映画の一場面が、やけに記憶に残っていたりするものです。『学校』では、夜間中学校の生徒役で田中邦衛演じるイノさん(猪田幸男)という人物が出てくるんですけど、そのイノさんが途中で亡くなってしまう。あのときに感じた、映画の中で人が退場していく感覚は、「ドラゴンボール」で敵キャラが倒されて退場していくのとはまったく違うものだった。もっと自分が生きていることと地続きな世界で、突然人がいなくなってしまう感覚。映画を通してそれを感じたのは、『学校』が初めてだったかもしれません。あと、萩原聖人や裕木奈江が演じる若者たちのような、登場人物の中では比較的若くて、当時の自分に年齢が近いはずの人たちの気持ちが、映画を観ていて一番わからなかった。それも今にして思うと面白いことだなと思います。

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今は子どもが好きなものに親も一緒になってハマったり、親子で楽しめるエンタメがどんどん増えているけれど、昔は大人が子どもに合わせて映画に連れて行ってくれて、子どもの背中越しに大人が映画を観ているが当たり前だった。でも、自分が『学校』で体験したのはその逆で。あれは、大人の背中越しに観る映画だったんです。当時はスマホもなかったから暇潰しもできないし、親に連れていかれたらもうそこにいるしかなかった。爆破もないし、銃撃戦もない。淡々と人と人が喋っているだけの映画を、大人たちが真剣に観ている。その姿を観ているあの状況は、決して楽しくはなかったけれど、今思えば、とても意味のある時間だったんだなと思います。

取材・文/天野史彬

尾崎世界観

尾崎世界観 (クリープハイプのボーカル・ギター)

ロックバンド「クリープハイプ」のボーカル・ギター。 小説『転の声』が第171回芥川賞候補作に選出。小説家としても活躍する尾崎世界観が、好きな映画を語りつくす。

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