吉永小百合、若き日のデビュー作から最新作まで変わらぬ美しさと女優魂を映画でたどる
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2025.09.13
世界七大陸の最高峰を全制覇した女性登山家・田部井淳子をモデルにした映画『てっぺんの向こうにあなたがいる』が、10月31日に公開される。自らの全てを懸けて"てっぺん"に挑み続けた女性登山家と、その挑戦を支えた家族との絆を描く感動作だ。日本を代表する映画女優・吉永小百合にとって、本作は124本目の出演映画となる。

女優・吉永小百合の原点、子役から銀幕スターへ
昭和、平成、令和と、時代を超えて日本映画界の最前線を走り続けてきた吉永の原点は、幼い頃から家計を支えるために子役として活動していた経験にある。彼女が映画のオーディションに合格したのは13歳の時。1959年、松竹映画『朝を呼ぶ口笛』で銀幕デビューを果たした。貧しくも誠実に生きる新聞配達の少年と、彼を励ます少女の物語で、吉永はその少女を演じた。幼い頃から映画俳優に憧れていた彼女は、初めて足を踏み入れた松竹・大船撮影所の光景に胸を躍らせたという。映画が公開されると、「新宿の映画館に1日中座り続け、飽きることなくスクリーンの中の自分を見続けていた」と後に語っている。

1960年には日活と専属契約を結び、同年の『ガラスの中の少女』で映画初主演を果たす。その後も『キューポラのある街』『愛と死をみつめて』など数々のヒット作に出演し、高度経済成長期の日本で、真面目で明るく、ひたむきに生きるヒロイン像を体現した。スクリーンに映し出されるその姿は観客の心をつかみ、熱狂的な"サユリスト"と呼ばれるファンを生み出す。やがて吉永は、誰もが認める国民的女優としての地位を築き上げていった。
しかし20代に入ると、少女役から大人の役へと移行する過程で、女優としてのステップアップに悩むことになる。大学進学によって学業や友人との登山など、プライベートは充実していたものの主演作は減少し、自ら望む企画もなかなか実現しにくい状況が続いた。吉永自身もこの時期を振り返り、自伝の中で「壁にぶつかっていた」と振り返っている。

女優としての飛躍、日本映画界の名匠との出会い
1967年に個人事務所を設立した吉永は、その後TVドラマにも活動の幅を広げていく。さらに1970年代に入ると、日活の枠を超えて数多くの映画に出演するようになった。とりわけ、彼女が「心のバイブル」と語る木下惠介監督の名作『二十四の瞳』を製作した松竹からは熱心なオファーが寄せられた。縁深い松竹作品として、1970年には橋田壽賀子脚本・中村登監督、石坂浩二と共演した『風の慕情』、ジェームス三木脚本・野村芳太郎原作による『青春大全集』などに出演している。

久しぶりに古巣・日活に戻り、巨匠・山本薩夫監督の『戦争と人間』に出演した際、吉永は早朝の撮影所で、ほうきを手に掃除をする監督の姿に強い感銘を受けたと語っている。その経験があったからこそ、山本監督が手がけた1978年の『皇帝のいない八月』のオファーには、「山本監督ならば」と大きな期待を抱いて臨んだ。小林久三の同名小説を映画化した本作は、自衛隊内の反乱分子によるクーデター計画と、それを阻止しようとする政府の攻防を描いたポリティカル・アクション大作となった。

今なお挑戦し続けることで新たな境地を切り拓く
吉永が「女優としてのターニングポイント」と語るのが、1980年の東映映画『動乱』だ。彼女は「私はこの人から映画の夢を授かりました」と敬意を込めて振り返り、森谷司郎監督の丁寧な映画づくりや、主演・高倉健の一瞬たりとも集中を途切れさせない真摯(しんし)な姿勢に強く心を打たれたという。この作品を機に、映画出演が次第に活動の中心となっていった。以降も『細雪』で市川崑監督、『華の乱』で深作欣二監督、『女ざかり』で大林宣彦監督など、日本映画界を代表する名匠たちと共に社会派ドラマや文芸作品に数多く出演。さらに『天国の駅 HEAVEN STATION』では、初めての殺人犯役にも果敢に取り組んだ。

近年の吉永は、山田洋次監督とのタッグを中心に、母としての包容力を感じさせる作品に多く出演している。黒澤明作品のスクリプター(記録係)として知られる野上照代のエッセーを映画化した『母べえ』、作家・井上ひさしの構想を基に山田監督が映画化した『母と暮せば』では、息子役を務めた二宮和也の熱演も話題を呼んだ。そして2023年の『こんにちは、母さん』では、キャリア初の祖母役に挑戦し、新たな境地を切り拓いた。

最新作『てっぺんの向こうにあなたがいる』の製作発表会見では、「山に例えると今は芸能生活で何合目か?」との質問に対し、吉永は「8合目ぐらいでしょうか。頂上まで行けるかどうか分かりませんが、元気でやれる限りは一歩ずつ歩いていけたら」と答えた。その歩みは決して順風満帆ではなく、いくつもの壁や挫折を経験してきた。しかし「自分の気持ちに正直でありたい」と語るその姿は凛として揺るぎなく、映画スターとしての存在感はデビュー当時から今なお変わらず、多くの観客を魅了し続けている。
文/壬生智裕














