岩井俊二監督「アイナ・ジ・エンドは完成されていた」、「路上のルカ」でみせた表現者としての才能
映画 インタビュー
2025.08.12
「第15回衛星放送協会オリジナル番組アワード」授賞式が7月23日に東京都内で開催され、日本映画専門チャンネルにて昨年7月に独占TV初放送された「路上のルカ」(全10話)がコンテンツ展開部門の最優秀賞を受賞、原作・脚本・監督を務めた岩井俊二氏が登壇した。同イベントは、衛星放送協会に加盟する各放送局が専門性を生かして企画・制作したオリジナル作品の魅力をより多くの方に知ってもらうことを目的に、有料・多チャンネル放送ならではのオリジナリティーあふれる作品を称え、表彰するもの。
「路上のルカ」は、2023年に劇場公開された音楽映画『キリエのうた』の脚本と、撮影終了後の初期編集版を基に、岩井監督自身が編集を行ったディレクターズカット版。主人公・ルカ(キリエ)による楽曲「幻影」の歌唱や夏彦の逡巡など、岩井監督が「泣く泣くカットした」映画の未公開シーンを加え、全10話、5時間半超えのドラマに再構成した。
授賞式後に岩井監督にインタビューを行い、「路上のルカ」への思いや、ルカ役のアイナ・ジ・エンドとの出会い、今後チャレンジしてみたいジャンルなどを聞いた。
――受賞された今の率直な気持ちを教えてください。
「本当にうれしいです。これまでいただいた賞の中で一番うれしいかもしれない。自分のやりたいことがやっと認められた気がしますし、評価されたことで背中を押された感覚があります。映画制作では常に"時間制限"がある制作環境で戦ってきました。本当はこうじゃないと思いながらも、(制約もあって)そのまま発表する心苦しさがあった中、完全版の『リップヴァンウィンクルの花嫁 complete edition』や『路上のルカ』では原作通りに作れました。
それは日本映画専門チャンネルの宮川(朋之)プロデューサーの理解と協力もあってこそ。原作者が一番喜ぶのは、原作を切り刻まずに表現できたときだと思うので。映画作りだと難しい表現の枠を今回は超えられたことがうれしいです」
――「コンテンツ展開部門」での受賞ということについては?
「9年前に思いついたアイデアが評価されたのは、部門の名前も含めて本当にうれしい。コンテンツを多様な形で展開するという発想が認められたのは大きいですね」
――いよいよ時代が追いついた、ということでしょうか?
「いえ、現時点では審査員の方々に評価されただけの段階なので、実際に需要、ニーズが生まれてこそだなと思っています。今は映画という枠に縛られず、スマホ動画などの多様なメディアがあるので、コンテンツの楽しみ方はもっと広がっていいですしね。
子どもの頃からの『週刊少年ジャンプ』愛読者としては、漫画って週刊誌で約16ページ(連載)を味わい、毎週続きを楽しみ、その後は単行本やアニメ化されたものを何度も楽しむ。でも、1970年代から90年代の消費文化で、そういうふうに紡がれた物語を何度も楽しみ、慈しむ心が薄れた気がします。昔は『忠臣蔵』や『潮騒』が何度もリメイクされ、愛されてきましたが、そのカルチャーがなくなってきたというか。結局、最終的には何が完成形かではなく、観客の心に残る3分であり、30秒、5秒の濃密な記憶こそが作品だと思うんです」
――その記憶をどうやって残すか、作り手としてのこだわりは?
「予告編だけでも見てくれて、そこから物語を膨らませてくれるなら、それはそれでうれしいです。でも、作り手としては、自分たちが一番だと思うサイズで作品を作れるのが理想。『リップヴァンウィンクルの花嫁 complete edition』や『路上のルカ』はそれが貫けた作品なのかなと。
当然反発も強い。それでも映画の尺に縛られるのは厳しいことだと僕は思うんですよ。原作を削るだけの作業は面白くないので。面白い原作だから映画化権を買うのに、原作者以外の人が手を加えるとなると、どうしたって壊れてしまいますよね」
アイナ・ジ・エンドの存在が作品への創作意欲を高めていった
――「キリエのうた」から「路上のルカ」へと続いたこのプロジェクトの位置付けはどのように考えていますか?
「フルサイズで作れたことが大きいです。自分が作ったものを『カットしてください』と言われるストレスは作り手にしか分からない切なさですから(笑)。『路上のルカ』はフルサイズで5時間半になりますが、全10話のシンプルなドラマとして区切り、毎回エンディング曲が入って次を見たくなる作りになっています。映画『キリエのうた』と『路上のルカ』は僕の中では地続きですが、観客の"読後感"は違うはず。ぜひ感想を聞いてみたいですね」
――アイナ・ジ・エンドさんの才能についてどう感じましたか?
「アイナさんは出会った時点で完成された才能の持ち主でした。年齢差はありますけど、彼女へのリスペクトを持って向き合いました。脚本を書いている途中に彼女へのオファーのOKが出て、どんどん書き足しました。最初はポンコツなアイドル志望のヒロインだったけど、アイナさんなら魂を揺さぶるキャラにできると確信して、幼少期や震災のシーンも彼女の吸引力で追加したんです。彼女が作品の世界観を広げてくれました」
――そういう意味ではアイナさんとの出会いは奇跡的でしたか?
「そうですね。元々は別の映画企画の劇中劇として考えていたものなんですよ。当時進めていた企画が頓挫して、スケジュールがぽっかり空いたときに、あれ映画になるかもと思って脚本を書き進めて、アイナさんの参加からさらにスケールが広がりました。ただ、アイナさんは音楽界では有名な方ですが、映画関係者の中にはご存じない方もいたので、まずは東映で多数の映画作品を手掛けた紀伊(宗之)プロデューサーに相談したんです。『孤狼の血 LEVEL2』のインスパイアードソングにアイナさんを起用されていたので。紀伊さんに話したら『面白そうですね』となり、共演の広瀬すずさんや他の方も『アイナさんとなら一緒にやりたい』と快諾してくれて、アイナさんのファンの多さに助けられました」
――アイナさんファンのおかげで日本映画専門チャンネルの若年層加入者も増えたそうです。SNSプロモーションなど、作品の間口を広げた点については?
「思いがけず奥行きのある大作になりましたね。そういった意味では作品の間口を大きく広げてくれました。僕の作品では『スワロウテイル』『リリイ・シュシュのすべて』に続く音楽映画という位置付けに。音楽映画を作るとなぜか社会性も帯びた大作が誕生するという現象があるんですけど、これからも一つのライフワークとして挑戦していきたいジャンルです」
これからも、原作者ファーストの作品作りに関わっていきたい
――ショートフィルム、スマホドラマ、オーディオブックなど、メディアも多チャンネル化していますが、興味のあるメディアや技術は何でしょうか?
「オーディオブックは散歩しながら聞けるので愛用しています。読書していると他のことがなかなかできないし、肩も凝るし(笑)。そんな読書時間の悩みを全て解消してくれて、積み上げるだけだった名作にも手が届くようになったので、本当に便利なツールですよね」
――最後に今後取り組みたいジャンルやコラボレーションしてみたい分野を教えてください。
「これまでオリジナル作品が多かったんですけど、実は原作物にもチャレンジしていたんです。ほぼ"全敗"だっただけで。僕は原作も書くので原作者の気持ちが分かるからこそ、自分で監督する・しないにかかわらず"原作者ファースト"の脚本作りに挑戦したいという野心があります。今後は自分のオリジナル作品と並行して、原作作品にも関わっていきたいですね」
文/ASCII編集部 撮影/中川容邦
『オリジナル番組アワード! 受賞作品はこれだ!』
J:COMプレミアチャンネル(J:COM TVの全コースで視聴可能)
9月6日(土) 午後5:30~6:00
※30日(火)まで毎週(土)(日)(月)(火)午後5:30~6:00放送
※J:テレでは20日(土)深夜2:00~2:30放送