ヒッチコック監督の名作『泥棒成金』はレーダーチャートの全項目が最大値【小堺一機】
映画 見放題連載コラム
2025.07.23

こんにちは、小堺一機です。今回、僕が未来へ伝えたい名作は、1955年製作のアメリカ映画『泥棒成金』。アルフレッド・ヒッチコック監督が手がけた、オシャレなロマンチック・サスペンスで、主演はケーリー・グラントとグレース・ケリーという、まさに美男美女の黄金コンビによるスタイリッシュな作品です。
「ヒッチコック劇場」が教えてくれたサスペンスの魅力
ヒッチコック監督といえば、『めまい』『知りすぎていた男』などの上質なサスペンスから、『サイコ』『鳥』のような戦慄(せんりつ)のスリラーまで、数々の名作を残した名匠。僕は、彼自身が原作・プロデュースを手がけたTVシリーズ「ヒッチコック劇場」が大好きでした。
この番組では、毎回ヒッチコック監督本人が冒頭に登場し、ドラマにちなんだちょっとした小話を披露。そして、ラストにも「いかがでしたか?」と再び現れる。あの独特のスタイルは他にはなく、監督の丸顔で"かわいいおじさん"という印象は、今も心に残っています。その後、彼が映画界の巨匠だと知り、『バルカン超特急』『裏窓』『北北西に進路を取れ』などの傑作に触れました。
美しいリビエラを舞台にロマンスとサスペンスが交錯する
『泥棒成金』の舞台は、風光明媚(めいび)な南フランス・リビエラ。戦時中はレジスタンスとして活動し、現在は足を洗った元宝石泥棒――通称"キャット"ことジョン・ロビー(ケーリー・グラント)は、最近、彼と同じ手口で盗みを繰り返す何者かの出現により、再び警察にマークされます。リビエラの高台にある豪邸から鮮やかに逃亡したジョンは、かつての仲間ベルタニ(シャルル・ヴァネル)らが働くレストランを訪ねますが、仲間たちからも疑いの目を向けられ、冷たい態度を取られてしまいます。
潔白を証明するため、ジョンは犯行現場に先回りして、真犯人を突き止めることを決意。ベルタニの紹介で、高額な宝石に保険を掛けている顧客を多く抱えるロイド社のヒューソン(ジョン・ウィリアムズ)と接触し、ターゲットを絞り込みます。最初に目をつけたのは、アメリカから娘のフランシー(グレース・ケリー)と共にバカンスに訪れていた、石油で財を成したミセス・ジェシー・スティーブンス(ジェシー・ロイス・ランディス)だった――。
『汚名』『北北西に進路を取れ』などで知られるケーリー・グラントと、『ダイヤルMを廻せ!』『裏窓』といった作品でヒッチコック作品のヒロインを務めたグレース・ケリー。いずれもヒッチコック監督お気に入りの俳優たちが顔をそろえた本作は、ダンディーな元宝石泥棒と、おてんばな美女が繰り広げる、恋とスリル満点のサスペンス。まるで人気アニメ『ルパン三世』のようだと言えば、その魅力が伝わりやすいかもしれません。
ケーリーのオシャレな装い&グレースの小悪魔ぶりに注目!
主人公ジョンを演じるケーリー・グラントは、ダンディーでありながら、どこか愛嬌(あいきょう)のあるイギリス人俳優。初登場シーンでは、赤と白の水玉模様のスカーフに、ネイビー地に白のストライプが入ったカットソー、グレーのパンツ、明るい茶色のモカシンという今の時代にも通用する、洗練されたカジュアルスタイルを見事に着こなしています。衣装は、第2回のコラムでもご紹介した『ローマの休日』も手がけたスタイリスト、イーディス・ヘッドさん。ヒロインのフランシー役、グレース・ケリーが身にまとう彼女の澄んだ瞳の色に合わせたスカイブルーのドレスも素晴らしい。また、男性陣のタキシード姿も見逃せませんが、特に注目してほしいのは蝶ネクタイのサイズ。今よりも大きく、存在感たっぷりで、僕好みなんです。
グレース・ケリー演じるフランシーは、一見すると上品で控えめなお嬢様。しかしその実、かなりのじゃじゃ馬です。出会って間もないジョンに自らキスをしたり、スポーツカーで曲がりくねった山道をクールな表情で駆け抜け、助手席のジョンをヒヤヒヤさせたり。さらに、彼の正体がかつての伝説的泥棒"キャット" だと見破り、「宝石泥棒なんて刺激的よ」「力が強いのね。泥棒みたい」とジョンを挑発。そして、車のシートに体を預けて、今度は彼からのキスを待つという小悪魔ぶりを発揮します。この後、二人は花火を見物するため、明かりを落としたホテルの部屋に集まり、ゴージャスなダイヤモンドのネックレスをまとったフランシーは、ジョンが"キャット"であることを認めさせようと、言葉巧みに、そして大胆な行動で彼を誘惑。やがて熱い口づけを交わす二人――その情熱を、画面いっぱいに打ち上がる花火で暗示するという演出が、この時代の映画ならではの魅力ですね。
物語はやがてクライマックスへ。大富豪たちが集う仮装パーティーが開かれた屋敷を舞台に、ジョンが真犯人を追い詰めていきます。瓦屋根の上で繰り広げられるスリリングな攻防戦、そして首謀者が明かされる緊迫のシーンには、まさにヒッチコックらしさが凝縮されています。そして迎えるラストシーン。別れのあいさつをするフランシーが差し出した手を、ジョンが引き寄せてキスを交わす――。最高にロマンチックで、心に残るエンディングです。子どもの頃に見た僕は、「大人になったら、僕もこれをやってみたい!」と思ったものです(笑)。
『泥棒成金』を未来に伝えたい理由
僕は1950年代に製作された映画が大好きなのですが、その理由はとにかくオシャレでゴージャス、そして夢があふれているから。『泥棒成金』も、ロケ地のフランスのリビエラの景色は息をのむほど美しく、俳優たちは魅力に満ち、ファッションも今なお新鮮で洗練されています。そんな1950年代の名作の中でも、僕が『泥棒成金』を未来に伝えたい理由は、バランスがとても良い作品だからです。監督の演出、巧みに練られたストーリー、俳優たちの名演技、そして衣装のセンスなど、映画を構成するすべての要素が高いレベルで調和していて、まるでレーダーチャート全ての項目が最大値を示しているかのような作品なんです。
ちなみにヒッチコック作品といえば、監督自身がさりげなく登場するカメオ出演が名物ですよね。本作では、自宅に押しかけてきた警官から逃げてきたジョンが乗るバスの中に、その姿があるので見逃さないよう、ぜひ注目してみてください。