「旅立つまでの旅」を描いたマット・デイモン主演『グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち』【尾崎世界観連載】

尾崎世界観

尾崎世界観 (クリープハイプのボーカル・ギター)

ロックバンド「クリープハイプ」のボーカル・ギター。 小説『転の声』が第171回芥川賞候補作に選出。小説家としても活躍する尾崎世界観が、好きな映画を語りつくす。

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「旅立つまでの旅」を描いたマット・デイモン主演『グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち』【尾崎世界観連載】

『グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち』は、日本で公開された1998年に映画館で一度観ているんです。中学2年生の頃ですね。精神分析医を演じているロビン・ウィリアムズが好きで観に行きました。ただ当時、内容はよくわからなかったんです。主人公が葛藤を抱えながら、大人と対話を重ね、少しずつ変わっていく......。そのくらいのことしかわからなくて、当時は内容以上に「こういう映画を背伸びして観に行っている」ということに満足していたんでしょうね。たしか有楽町の映画館で観たんですけど、帰りに数寄屋橋のHMVで、この映画の主題歌を歌っていたエリオット・スミスのCDを買ったのも覚えています。でも、買ったのはこの映画の曲が入っているアルバムではなかったような気がします。

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改めて観返してみたら、すごくいい映画でした。「中2で観ても、そりゃわからないよな」と思って(笑)。でも、もしかしたら中3で観たら理解できたかもしれない。そういう1、2年の微妙な差ってありますよね。何にせよ、子どもの頃に観てなんとなく印象に残っていた映画を、大人になってもう一度観てみたらすごくいい映画だった、というのは嬉しい体験です。

物語としては、天才的な頭脳を持ちながらも、トラウマを抱え、不良行為を繰り返している青年ウィル・ハンティングが、ロビン・ウィリアムズ演じる精神分析医や友人たちとの交流の中で徐々に変化していく、というものです。登場人物がずっと会話をしているので、言葉が作品全編通して溢れているんです。でも、描かれているのは「言葉にならないもの」。これだけ話しているのに、言葉で核心は突いていない。その言葉の多さが、逆に「この人には言えないことがあるんだ」ということを伝えたり、「言いたいことがあるのに、言葉にならない」という事実を、観る側に感じさせたりする。表面的に見える言葉の応酬、それ自体はむしろ空虚な語りだと思います。それよりも、たとえば最後のほうのシーンで、主人公の友達のひとりがサッと車の後部座席から助手席に移る。そういう何気ない描写で物語が動いていく。そこが好きですね。ロビン・ウィリアムズが主人公に同じ言葉を投げ続けるシーンも、伝えているのは言葉じゃないんですよね。この時の言葉はあくまで記号であって、伝えているのは気持ちなんです。

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明確に正しい人がいないところも好きです。みんなちゃんと間違えているし、描かれ方も完璧すぎない。ロビン・ウィリアムズも、今観るとちょっと無責任な気がするんです。主人公に対して包み込むような態度を取るけれど、「本当にそれでいいのか?」と思ってしまうような部分もある。今回、僕はどちらかと言えばステラン・スカルスガルド演じる数学教師に感情移入しながら観ていました。結局、この数学教師とロビン・ウィリアムズのふたりが、一番子どもっぽい感じがします。主人公の友人たちの方が一見ダメそうなんだけれど、やっぱりちゃんとしているように見える。そうやって何かが足りない人たちが補完し合いながら生きている。主人公はいつも誰かと一緒にいるのに、ずっと「ひとり」だと感じてしまう。分かりやすくひとりぼっちになっているわけではない。だからこそ、ひとりなんだということが浮かび上がる。そっちの方が、観る側に主人公の孤独が伝わるんですよね。そして物語の最後、主人公はついにひとりになります。でもだからこそ、彼はもう、ひとりじゃないという気がします。

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この映画は、「どこにも行っていないロードムービー」だと思います。旅立つまでの旅ですね。田舎町で鬱屈したものを抱えながら、縛り付けられるように生きている若者たちが送る日常。でも、その日常こそが旅だったんだということを教えてくれる。主人公を演じるマッド・デイモンと、その友人役のベン・アフレック、ふたりは実際に幼なじみのような関係で、この映画では共同で脚本も書いているんですよね。役者としてこの先世に出ていくふたりの若者が、この時期にこんな映画を作っていたというのも感慨深い話です。

取材・文/天野史彬 撮影/中川容邦

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