大人の人生讃歌をミュージカルで!ヨム・ジョンア主演『人生は、美しい』【古家正亨連載】

古家正亨

古家正亨 (ラジオDJ/イベントMC)

ラジオDJ、イベントMC。 K-POPなどの「韓流」カルチャーを20年以上にわたり日本に紹介してきた古家正亨が、毎月オススメの韓流コンテンツを紹介。

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大人の人生讃歌をミュージカルで!ヨム・ジョンア主演『人生は、美しい』【古家正亨連載】

突然ですが、ミュージカルはお好きですか?個人的には、熱狂的なファンではないのですが、機会があればたまに見ると言う感じで、(正直に言いますが)積極的なミュージカルファンではありません。しかも、ミュージカル映画となると、さらに遠い存在というか、あの世界観になかなか浸れない自分がいます。今回ご紹介するのは、そんなミュージカル映画なのですが、なぜご紹介したいのかというと、本編で流れる楽曲が、まさに僕の"韓国での青春"が凝縮されているからなんです。

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自分への最後の誕生日プレゼントとして、初恋相手を探してほしいと夫にリクエストするヨム・ジョンアさん演じる妻セヨンと、仕方なく一緒に全国津々浦々を巡り、過去を振り返る旅に出るリュ・スンリョンさん演じる夫のジンボンを主人公にした、基本的にはロードムービーである本作。韓国の国民であれば誰もが知っている名曲で構成された、韓国初のジュークボックス・ミュージカル映画なんです。ちなみにジュークボックス・ミュージカルという言葉は、まるでジュークボックスで音楽を聞いているかのように、一人のアーティストではなく、さまざまなアーティストの、さまざまなヒット曲が起用された、既存の楽曲を活用したミュージカルのことを総称して、韓国ではこう言っているんですね。

この映画の制作会社の代表は「多くの人々の思い出の詰まった名曲たちを通じて、誰もが共感できる人生の物語を、一本のミュージカル映画にしたらどうか」と思い制作に至ったと語っているのですが、ジンボンとセヨンの思い出の旅に沿う形で、1980年代から2000年代前半に至る韓国の当時のヒット曲、その歌詞を介して物語を紡いでいく、そんな作品になっています。

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ただ、その多くはいわゆるK-POPとカテゴライズされる2000年代以降のアイドルたちが放つヒット曲とは違い、老若男女問わず、多くの人々がその美しいメロディーと切ない歌詞の調和に魅了された、韓国の伝統的なバラードや歌謡曲が採用されているんです。なので、K-POPアイドルにしか興味のない人には、耳なじみのない曲ばかりではないかと思います。ただ、使われている楽曲のほとんどが、僕が留学していた90年代後半のヒット曲なものですから、僕にとっては、まさに当時の韓国での思い出がよみがえってくる特別な楽曲ばかりなんです。その中でも、特にイ・ムンセさんの楽曲が数多く使われているのは、韓国でイ・ムンセさんは国民的歌手として知られていて、彼の曲は世代を超えて、老若男女から愛されているからなんですね。

ちょっとここで、イ・ムンセさんについて説明させていただくと、ユ・ヨルさん、イ・スマンさん(SMエンタテインメント創設者)と共に"馬三トリオ"と呼ばれ、韓国の国民的歌手として知られています。もともと1978年にラジオDJとしてそのキャリアをスタートさせ、同時にライブカフェで弾き語りをはじめたところ、歌手としても注目され、1983年に歌手デビュー。フォークソングをベースにさまざまなジャンルのアーティストとも共同作業を行い、ジャンルレスな歌手として多くの後輩アーティストからも慕われていて、世代を超えた人気を得ている珍しいアーティストです。

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この映画の中では、ジンボンとセヨンが2人で歌っているのが新鮮で印象的だった「Early Morning Discount(조조할인)」はシンガーソングライターのイ・ジョクさんとデュエットして1996年に大ヒットした曲ですし、ジンボンとセヨンの過去を寂しく照らす役割を担っているスウィング・ジャズ的なアレンジを効かせた1999年のヒット曲「哀愁(애수)」や、"ほろ苦い大人の愛"をわかりやすいメロディーと軽快なリズムに合わせて歌っている、2006年のMBCドラマ「イヴの反乱」のOST(オリジナル・サウンド・トラックの略称。韓国では、ドラマ、映画の楽曲をOSTと呼ぶ。日本ではサントラという言葉が定着している)「Unpredictable life(알 수 없는 인생)」といった代表曲を、(もちろん)振り付けありでミュージカル調に出演者たちが歌い上げています。きっとこの監督は、できることならイ・ムンセさんの楽曲のみで映画を撮り上げたかったのではないかと思うくらい、"イ・ムンセ愛"を感じる、そんな作品です。

もちろん、出演俳優全員が4日間に渡って撮影したという映画のハイライトシーンに流れるToy(ユ・ヒヨル)の「Passionate Goodbye(뜨거운 안녕)」(2007)は、そもそも別れ話を描いた曲なんですが、本作では死別を控えた夫婦の想いを表現し、新しい価値をもたらすことに成功するなど、イ・ムンセさんの楽曲以外にも、聞きどころ、見どころ満載の楽曲群は、きっと映画を見終えた後も耳に残り、繰り返し聞きたくなるに違いありません。

今回は歌の解説がメインになってしまいましたが、作品全体に流れている空気は、死と向き合う人の気持ちや思いと、大切な人と過ごす時間の尊さ、そして、短い人生、決して無駄にしないように生きることの大切さを、重いものではなく、優しく、穏やかに語りかけるものになっています。なので、悲しいお話ではあるんですが、最後は誰もが前向きに生きていこうという気持ちにさせてくれる、人生讃歌に仕上がっているんです。

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僕のように、普段ミュージカル映画を見ないという人も、きっと楽しんでいただけると思います。韓国初の本格的なミュージカル映画『人生は、美しい』。どんな人生が美しいと言えるのか、ぜひこの映画を見て、それぞれ、皆さん一人一人の"答え"を見つけてほしいです。

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