岸井ゆきのの演技に引き込まれる!「ケイコ 目を澄ませて」「やがて海へと届く」などで見せた存在感とリアルな演技
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2025.04.11
4月放送スタートのドラマ「恋は闇」で主演を務めるなど、第一線で活躍中の女優・岸井ゆきの。20歳の頃から劇団主催のワークショップに積極的に参加して演技の基礎を磨き、2017年に「十九歳」でドラマ初主演。同年11月公開の『おじいちゃん、死んじゃったって。』で映画初主演を果たすと、同作でヨコハマ映画祭最優秀新人賞に輝き、一躍注目を集めた。
その後も活躍の場を広げ、2019年公開の映画『愛がなんだ』では恋愛依存体質で男性に執着する主人公を熱演。2022年のドラマ「恋せぬふたり」では一転して、他者に恋愛感情や性的欲求を抱かない主人公を演じ話題に。理解されにくい複雑な心情を繊細に表現し、多くの共感を呼んでいる。岸井の持ち味である柔軟かつ深みのある演技力は、作品ごとに一層輝きを増している。
無言にして雄弁な演技で聴覚障害のプロボクサーを熱演
岸井の女優としての持ち味が強く発揮されたのが、2022年公開の映画『ケイコ 目を澄ませて』だ。同作は、聴覚障害をもつプロボクサー・小笠原恵子の自伝を原案にした作品で、全編を通してフィルム撮影が行われた。フィルム特有のざらついた質感は、岸井の繊細で緻密な表現と相まって、見る者の心に迫る。
岸井が演じるケイコは、先天性の聴覚障害を抱えながら、下町の小さなジムで鍛錬を積むボクサー。両耳が聞こえない彼女は、日々葛藤を抱えつつも懸命に戦い続ける。やがて自らの限界を感じ、ジムの会長宛てに休会を願う手紙を綴るも、出すことができないまま、会長(三浦友和)の健康問題をきっかけにジムの閉鎖を知る。そして迎えた最後の試合――。
役作りのため、岸井は手話とボクシングの猛特訓に挑んだ。リングでのファイトシーンも迫力十分だが、真骨頂はやはりケイコの内面の描写にある。周囲の歓声やセコンドの指示が届かないリングの上で、静けさの中、自分の内側とだけ向き合い、迷いや不安、怒り、哀しみ、そして揺るぎない強さを体現する岸井。セリフを使わずとも、わずかな表情や身ぶり、瞳だけで、ケイコの感情を雄弁に語りかけてくる。「無言にして雄弁」と評されたこの演技で、岸井は第77回毎日映画コンクール女優主演賞と第46回日本アカデミー賞最優秀主演女優賞を受賞。その存在感と表現力の確かさを広く印象づけた。
繊細な演技で親友の足跡をたどる喪失と再生の物語を紡ぐ
2022年公開の映画『やがて海へと届く』でも、岸井の演技は大きな注目を集めた。彩瀬まるの同名小説を原作とした本作は、突然消息を絶った親友・すみれ(浜辺美波)の死を受け入れられずにいる主人公・真奈(岸井)が、深い喪失感を抱えながらも再生へと向かう姿を描く。
引っ込み思案な性格の真奈は、自分とは対照的に自由奔放で謎めいたすみれに強く惹かれ、親友となる。しかし、すみれが突然姿を消し、やがて死の報せを受けた真奈は、その現実を受け入れられないまま時を過ごしていく。そんな彼女の元に、すみれの元恋人・遠野(杉野遥亮)から一本のビデオカメラが届けられる。それをきっかけに、すみれの秘めた思いを知った真奈は、彼女が最後に旅した地へと向かう――。
本作は浜辺美波が演じるすみれの存在感も魅力的だが、その人物像はあくまで真奈の目を通して描かれる。そのため、観客がすみれに惹かれるのは、岸井演じる真奈の視線や表情、言葉に導かれてこそ。すみれに思いをはせる瞬間のはかなげな表情や、ふとしたしぐさの中ににじむ悲しみと戸惑い。岸井の繊細な演技が、真奈の心の揺れを丁寧に映し出し、物語に深みを与えている。
見る者の心に残る、卓越した表現力と確かな存在感
岸井は主演作だけでなく、脇役でも確かな存在感を発揮する女優だ。その実力がよくわかるのが、2016年公開の映画『ピンクとグレー』。加藤シゲアキの原作小説を、行定勲監督が大胆にアレンジし、中島裕翔と菅田将暉の共演で映画化。芸能界で明暗が分かれる親友同士の運命を描き、前半と後半を分ける62分目の"仕掛け"でも話題を呼んだ。岸井が登場するのは後半部分のみで、物語の鍵を握る重要な人物を演じている。限られた登場時間にもかかわらず、見る者に強烈な印象を残すあたりは、彼女の卓越した表現力のなせる業だ。
また、2021年公開の映画『99.9 -刑事専門弁護士-THE MOVIE』でも、その存在感は健在。本作は人気ドラマの劇場版で、岸井はドラマ版から引き続き、松本潤演じる主人公・深山大翔に片思いする片岡加奈子を演じた。深山が居候する小料理屋の常連客で、自称シンガーソングライター。感情の起伏が激しく嫉妬深い、クセの強い女性をコミカルかつチャーミングに好演している。物語の本筋には深く関わらない役どころながら、観客の記憶にしっかり残るのは、岸井ならではと言える。
主役でも脇役でも常に輝きを放ち、複雑な役どころであればあるほど真価を発揮する。女優・岸井ゆきのは、そんな存在感を持つ女優だ。与えられた脚本にとどまらず、作品に深みを与え、見る者に余韻を残す表現力は圧倒的。次はどんな演技を見せてくれるのか、これからも目が離せない存在だ。
文/渡辺敏樹