改めて"時間"というものの存在を強く意識させられる『リバー、流れないでよ』【尾崎世界観連載】

尾崎世界観

尾崎世界観 (クリープハイプのボーカル・ギター)

ロックバンド「クリープハイプ」のボーカル・ギター。 小説『転の声』が第171回芥川賞候補作に選出。小説家としても活躍する尾崎世界観が、好きな映画を語りつくす。

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尾崎世界観 (クリープハイプのボーカル・ギター)

ロックバンド「クリープハイプ」のボーカル・ギター。 小説『転の声』が第171回芥川賞候補作に選出。小説家としても活躍する尾崎世界観が、好きな映画を語りつくす。

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改めて"時間"というものの存在を強く意識させられる『リバー、流れないでよ』【尾崎世界観連載】

今回選んだ『リバー、流れないでよ』は、劇団「ヨーロッパ企画」制作の映画で、原案・脚本は上田誠さん、監督は山口淳太さんです。山口監督には、「イト」と「喉仏」というクリープハイプの楽曲のミュージックビデオを撮っていただいたこともあります。元々は、ヨーロッパ企画の中川晴樹さんにクリープハイプの「社会の窓」という曲のミュージックビデオに出演していただいたのがきっかけで交流が生まれたんです。それから毎年、ヨーロッパ企画の舞台を観に行くことが恒例になっています。

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世の中にはいろいろな表現がありますが、どうしても舞台という表現に馴染めないという悩みが、ずっとあったんです。いまいち楽しみ方がわからないというか、変な先入観なのかもしれないですが、難しいと思ってしまう。同じ空間で、生で演技を見るということに対しての違和感があるのかもしれません。「生で観ているのに、それが演じられているものだ」ということのズレが、どうしても気になってしまうのかもしれない。自分自身、ライブでは生の表現をしていますが、演じているわけではないので。そんな感じなのに、なぜかヨーロッパ企画の舞台はいつも面白く思えたんです。いわば、舞台と自分をつなげてくれる唯一の存在なんですよね、ヨーロッパ企画は。

その理由を考えてみると、やはり作品に"笑い"があるということが大きいと思います。それに、ちゃんと型があること。"型にハマる"というのはネガティブな印象のある言葉ですけど、型があることは安心感にもつながる。だからこそ、ヨーロッパ企画の表現に親しみを感じるのかもしれません。『リバー、流れないでよ』に出演されているのも、そのほとんどがヨーロッパ企画の劇団員の方々ですが、近所の商店街に行って買い物をしているような安心感があるんです。「あれはこの店で買って、それで足りないものはあの店で買って......」という風に、決められた場所ですべてが揃う地元のような感じ(笑)。でも、ストーリーはすごく練られているから、そんな安心の中で、想像もしていなかったようなところに連れて行ってもらえる。

241201_eiga03.jpg『リバー、流れないでよ』は、ヨーロッパ企画制作の長編映画としては2作目で、前作の『ドロステのはてで僕ら』も面白かったので、公開前から楽しみにしていました。時間の繰り返し、いわゆる"タイムループ"を中心に進んでいく物語で、作中では"2分"という時間が繰り返されます。改めて"時間"というものの存在を強く意識させられる映画でした。物語に入り込むほどに、"2分"という時間に思考や感情が強く引っ張られていく。2分が何度も繰り返されることで物語が進んでいくけれど、裏を返せば、時間が繰り返されないと物語が進んでいかないし、時間が進んでしまえば、そこで物語が止まってしまう。そういう歪(いびつ)な構造にもかかわらず、観ている側は、観れば観るほどそれを正常だと感じる。そして、旅館という場所を舞台にしているのも面白いですよね。旅館って、複雑で不思議な場所だと思うんです。全部は知られていない場所というか。自分の泊まる部屋には入ることができるけれど、それ以外の場所にはほとんど行けない。あと、京都の雪も印象的でした。

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2分って、長く感じたり、短く感じたり、さまざまな受け取り方ができる時間ですよね。この映画を観ている間も、惹き込まれたり、「どうせまた最初に戻るんだ」と思いながら観たり、同じ2分という時間の間に様々な感情が生まれます。いつも曲を作るときは、イントロがあって、Aメロ、Bメロ、サビに辿り着くまでの時間を意識します。「サビまであまり長くしない方がいいかな」と思うこともあれば、「この曲は敢えてサビまで1分以上使うか」と思うこともあって、大体、2分くらいの間にサビが2回来るか、来ないか......というような考え方をするんです。そして、結果的に大体3分~3分半くらいの楽曲に落とし込んでいく。そんなミュージシャンの立場からすると、3分あれば1曲になるなという感覚なんですが、"2分"という時間は絶妙ですよね。2分は、意識させることもできれば、忘れさせることもできるなんとも言えない時間なんだと思います。これが3分だったら、また話が変わってくるはずです。

山口監督は、すごく柔らかい考えを持っている方です。柔軟に全体を見ながら、バランスを取ってくれる。ミュージックビデオの打ち合わせをしたときも、「尾崎世界観がどうしたいのか?」ということをすごく気にしてくれる。でも、確実にご本人の中に強い芯があるはず。それなのにあまりそれを感じさせない。その柔らかさは自分にないものなので、うらやましく思いますね。

取材・文/天野史彬 撮影/中川容邦