僕の好きな邦画の魅力が詰まっている『青春墓場』【尾崎世界観連載】
映画 連載コラム
2024.11.01
尾崎世界観 (クリープハイプのボーカル・ギター)
ロックバンド「クリープハイプ」のボーカル・ギター。 小説『転の声』が第171回芥川賞候補作に選出。小説家としても活躍する尾崎世界観が、好きな映画を語りつくす。
尾崎世界観 (クリープハイプのボーカル・ギター)
ロックバンド「クリープハイプ」のボーカル・ギター。 小説『転の声』が第171回芥川賞候補作に選出。小説家としても活躍する尾崎世界観が、好きな映画を語りつくす。
たとえどれだけリアルを追求していても、それが「本当」になってしまったら、映画としては嘘になってしまうんですよね。『青春墓場』の奥田庸介監督は、常にリアルを追求しながら映画作りをしている方だと思います。「リアルでありたいけれど、本当であってはいけない」という矛盾の中で、とことん悩みながら作品を作っている感じがして、作り手として個人的に好感を持っています。よく自分でも、自分の作品について「嘘くさいのは嫌だ」と言っているんです。あくまでも「嘘くさい」のが嫌なのであって、「嘘が嫌」というわけではない。「嘘くささ」と「嘘」はまったく別物だと思っています。映画にしろ、音楽にしろ、作品には「嘘なのに嘘くさくない」ものが存在するんです。奥田監督の作品には嘘くささがないと思います。
『クズとブスとゲス』という作品で奥田監督の作品に出合って、最初は予告だけを見たんです。それからずっと気になっていたんですが、奥田監督自身が主演を務めていて、実際に頭をビール瓶で殴って怪我をしたとか、いろんなエピソードを知るうちに「それってどうなんだ」と思って、すぐには観なかった。でも、あるとき観てみたら一気に惹き込まれたんです。奥田監督にはその後、自分がやっていたラジオに一度ゲストとして出ていただきました。その時に『クズとブスとゲス』を一緒に作った人たちとはもう連絡を取っていないし、みんな自分から離れてしまって、「全部、自分がいけなかった」という話をされていて。人間関係すらも壊しながら作品を作っているんですよね。常に現状に満足していない方なんだなと思いました。そして、いろんなことに怒りを抱いている。やっぱりそういう人が作る作品に惹かれます。自分も怒りを使って作品を作っているけれど、「まだ足りない」と思うことが多い。そんなときに『青春墓場』のような作品を観ると「こんな怒りの出力の仕方があるんだ」と勉強になるんです。それに、最近は「怒っている人」があまり世の中に出てこなくなりましたよね。作品を作るうえで「怒り」を使っている人を見る機会がかなり減った気がします。だからこそ、怒りを使って作られた作品を観ると安心するし、無意識にそういう作品を探しているのかもしれません。
『青春墓場』(C)映画蛮族
奥田監督の作品は裏社会の人たちが出てくるものが多いけれど、『青春墓場』は学生が出てきたり、もうちょっと広い世界――広い世界といってもやっぱり限られた世界なんですが、いろいろな立場の人に焦点を当てた作品だと思います。どちらかというと、悲しくて暗い話ですが、不思議な余韻がある。これまでの作品は痛々しい気持ちが残るものが多かったけれど、『青春墓場』は、寂しさの後から、だからこそ幸せだった時間が浮かびあがってきて、その余韻が好きでした。
この映画は主人公を固定せず、いろいろな視点から登場人物を映している。その手法自体は決して珍しいものではないけれど、奥田監督の作品は登場人物が全員濃いので、たとえ視点が切り替わっても、切り替わり切っていない感じがするんです。そこが独特でまたクセになる。今作も奥田監督自身が出演されていて、その存在感もすごい。画面が切り変わって奥田監督が映った瞬間に、空気が変わる。顔が強いんですよね。実際にお会いしたときも、ものすごく迫力がありました。冒頭からいきなり監督が出てくるんですが、「こういう感じの映画かな」と思わせておいて、そこから気持ちのいい裏切りがある。これは実際奥田監督にお会いして感じたことなんですが、映画に対しての愛情がすごくあるからこそ、同時に映画に対しての不満もあるのではないでしょうか。そういう人だからこそ、映画として大事なポイントは押さえてあるし、そのうえでちゃんと裏切りがある。バランスがすごくいいんです。
今まで数多くの邦画を観てきましたが、『青春墓場』には自分の好きな邦画の魅力が詰まっています。じゃあ、この映画の一番の魅力はなにか?というと......どこがいいかを簡単に伝えづらいところなんですよね。今日こうして話してみても、この作品の魅力は語り切れない。でも、いい作品ってそういうものですよね。自分でも、自分の作品を語り切られたくはないので。語ってもらえるのはありがたいですが、「わかられてたまるか」という気持ちもあるんです。『青春墓場』も、すべてを理解されることをちゃんと拒んでいる。だからこそ、こちら側も安心して「全部わかる必要はない」と思えるんです。奥田監督の作品に出合うきっかけとしても、『青春墓場』はおすすめです。
取材・文/天野史彬 撮影/中川容邦