上川隆也の「抑えた芝居」に唸る!稀有な演技力を堪能できるサスペンスドラマ4選
2026.09.30
徹底した役作りと細やかな表現力により、圧倒的な演技力を持つ実力派として高く評価される俳優・上川隆也。演劇集団キャラメルボックスの看板俳優として培った基礎能力を礎として、特に共演者との対比を生む計算された立ち居振る舞いが強みとも言われる。そんな上川の主演ドラマ4作品を厳選し、彼の演技のすごみを深掘りしてご紹介したい。

「テミスの剣」(C)テレビ東京
■「テミスの剣」(2017年・テレビ東京系)
テレビ東京の特別企画として、中山七里の原作小説をドラマ化。上川は、主人公の刑事・渡瀬の若手時代から50代までを演じている。1993年、若手刑事だった渡瀬はベテランの鳴海(高橋克実)と不動産会社社長の殺害事件を担当する。連行した被疑者・楠木(中村倫也)は厳しい取り調べに屈せずに無実を主張。警察の不当な取り調べを主張するが楠木の死刑が確定する。やがて渡瀬はある殺人事件を機に楠木の事件を回想するが、渡瀬の独断から警察の信用が失墜する事件へと発展。そして20年後の2017年。警部となった渡瀬の前に、田口今日子(前田敦子)という記者が現れる...。
そんなストーリーだが、本作での上川の演技のポイントは「声」の芝居だ。完成映像を見た原作者の中山七里も「上川さんが渡瀬の20代と50代で喋り方を相応に変えていたのが見事だった」と、高く評価した。20代の渡瀬は、声に張りがあるだけでなく、語尾が強めで、相手への反応も速い。「正義感が前面に出る」声の芝居をしている。それが中年の渡瀬の場合、声のトーンを明らかに低くして、せりふの間も長めだ。さらに、相手を見つめてから話す細かい演技により、ベテランになった渡瀬の慎重さを表現している。「年齢」をメイクだけに頼らず、複数のレイヤーで刻むような深い芝居に唸ってしまう。さらにすごいのは、「心の傷をゼロにする」役作りだ。これは上川自身がコメントしていたが、「渡瀬を演じる際には、いつまでも拭えない彼の心の傷を常に意識して、心情の物差しの目盛りを『0』に設定した」という。上川らしい独特の表現だが、彼の役作りのスタンスが伝わって興味深い。役者が演技する際、その人物の「気持ちをつくる」ことが基本だとよく言われる。いわゆる「感情を入れて」芝居をするのだが、上川は逆に、「過去の傷を抱えている」ことを基準にして感情をゼロに設定している。渡瀬は正義感が強い人物だが、その正義感を声高に表現しない。むしろ、「言わないことで正義を感じさせる」演技をしている。周囲が組織論や保身に走るほど、渡瀬の静けさが際立つことになり、周りの役者が大きな芝居をすればするほど、上川の演技は抑制される。この手法は他の作品でも見られるが、上川の大きな武器になっている。

「連続ドラマW 真犯人」(C)翔田寛/小学館 (C)2018 WOWOW INC.
■「連続ドラマW 真犯人」(2019年・WOWOW)
江戸川乱歩賞作家・翔田寛の原作小説を映像化し、2019年秋に放送された全5話の作品。昭和から平成にかけて発生した2つの事件が交差する警察ドラマで、上川は叩き上げの警視・重藤成一郎を演じている。昭和49年に起きた男児誘拐殺人事件を発端に、時効成立直前の昭和63年、そして平成20年に起きた新たな殺人事件という3つの時代を交錯させながら真相に迫る本格クライムサスペンスだ。平成20年、静岡県の国道高架下で須藤勲(尾美としのり)が殺された。静岡県警の刑事・日下悟(小泉孝太郎)は、須藤がかつて息子を誘拐殺人事件で亡くしていたことを知る。当該事件は時効成立直前の昭和63年に静岡県警本部長の榛康秀(高嶋政伸)の指示により特別捜査班を編成。ノンキャリアながら警視に昇進した重藤成一郎(上川隆也)が管理官となり、有能な刑事6人を率いて再捜査が行なわれていた。その20年後に東京在住の須藤が静岡で殺されたことを不可解に感じる日下は、昭和の誘拐殺人事件が須藤殺害の解明につながると直感。警察から離れていた重藤を訪ねて事件解決の手掛かりを探っていく。
本作での上川は、「テミスの剣」よりさらに感情を封印し、典型的な不器用な人間である重藤を好演。放送当時、上川は重藤の人物像に関して「刑事としての矜持を持ち、気持ちの伝え方も含めて、不器用な人だが温かい人」である点を意識して演じたと語っている。「熱血刑事」でもないが、冷徹な男ではない。そんな重藤の人間性を、上川はせりふではなく「行動」で表現している。相手の言葉を遮ることなく、一呼吸置いて必要なことだけを話す。そんな「間」の取り方も絶妙だ。単に「間」をつくるのではなく、「この人が今、何を考えているのか」を無言で示す。納得しているのか。疑っているのか、それとも何かを思い出しているのか...。上川は、声の大小ではなく、間と視線の動き、さらに呼吸によって気持ちを表現するかのようで、まさにベテラン俳優らしい重厚で巧みな演技が圧巻だ。

「連続ドラマW 夜がどれほど暗くても」(C)2020 WOWOW / テレパック
■「連続ドラマW 夜がどれほど暗くても」(2020年・WOWOW)
「テミスの剣」同様に中山七里原作の報道サスペンス小説のドラマ化。2020年に放送された。上川は、大手出版社の週刊誌副編集長として充実した日々を送っていた主人公・志賀倫成を演じる。有名週刊誌「週刊時流」の副編集長を務める志賀は、スクープを連発して意気揚々だったが、大学生の息子・健輔(葉山奨之)がストーカー殺人事件を起こして自殺したことで、人生が一変。スキャンダルを暴く立場から、一転して「加害者の家族」として激しいバッシングや理不尽な報道に追われる中で、事件の真相と向き合っていく物語だ。加藤シゲアキ、岡田結実、高橋克実、原田泰造らが共演した。
本作での上川は、得意な「芯の強い男」のイメージを逆手に取るような印象深い芝居をしている。上川自身も、志賀を演じる上で「過去に演じたことのないような人物像」だとして、俳優としてそんな役への挑戦が魅力だったと発言している。同じ原作者の「テミスの剣」では、過去の傷を抱えながら前進する男を演じたが、本作での志賀は、執念を内に秘めて事件を追い続ける中で、自分が信じてきたものそのものが崩れていく。ここで上川が、従来の「強さ」を消して演技している点に注目したい。そのポイントは「目」に表れる。序盤では、「自分は正しい」と確信していたが、次第にその信念に揺らぎが生じる。「何かがおかしい」から「オレは間違っていたのか?」、さらに「何を信じればいいのか」と、心情が変化していく過程を、上川は「視線」で表現していく。自信があった時の強い視線ではなく、「焦点が定まらない」ことで、重藤の揺らぎを感じさせる。舞台的な芝居とも言える手法で、劇団出身の上川らしい技巧と言えるだろう。「感情を見せない」ことで、より苦悩が伝わるのだ。上川は「泣き」の演技に特徴があり、「涙を堪えて泣かない」状態を保つ芝居が絶妙とも言われる。見る者は彼の辛い心情が痛いほどに想像できるからだ。あえて感情を隠すことで、視聴者がその隙間を想像することになる。いわば「余白の芝居」であり、極めて高度な技術だ。上川は、「余白」を作るのが巧い稀有な俳優だと言えるだろう。本作は、そんな上川の技術を堪能するのに最適な一本である。

「バンカケ~警視庁自動車警ら隊」(C)テレビ東京
■「バンカケ~警視庁自動車警ら隊」(2023年・テレビ東京系)
2023年に放送されたドラマ。「バンカケ」とは職務質問を意味する警察業界の隠語。街をパトロールし、バンカケで隠れた犯罪を見つけ出し、事件を未然に防ぐプロ集団「自動車警ら隊(自ら隊)」の活躍を描く。上川は主人公で警視庁第一自ら隊のベテラン隊員・階堂昇に扮している。卓越した洞察力を誇る彼は、新人隊員・岸谷涼子(足立梨花)とのコンビで活躍するが、公私共に謎の多い男だ。犯罪を防止する部署の彼らだが、"越権行為"と言われながらも事件解決に尽力していく。「自ら隊」の彼らだからこそ、事件の真実が見えてくるというのがストーリーの肝である。
制服組の「警ら隊」を主役に据えた希少な警察ドラマで、他の共演者には、勝村政信、鈴木浩介、峯村リエ、赤井英和ら。階堂は、ミステリアスですごい才能を持つ優れた警官だが、上川の演技は「すごい人物をすごそうに見せない」のが特徴だ。普通の刑事ドラマなら、顔をしかめる、相手を睨む、意味ありげな沈黙というわかりやすい演出を入れがちだ。しかし、本作での階堂は、怪しんだ相手を普通に見るだけ。ただ、「普通の見る」視線の鋭さが上川の真骨頂。相手を「疑っている顔」は絶対に見せないが、相手のほうが不安になる。そんな"バンカケ"のシーンが大きな見どころになる所以だ。バンカケでの階堂の声の掛け方、彼がどこに目を光らせているかが後の展開の鍵になっていく。
この4作を見比べてみると、彼の演技力のポイントは、「声」の変化で人物の年齢や精神状態を表現し、「間」で感情を示すこと。特にせりふそのものより、「せりふを言う前の一瞬」に特徴が示される。さらに、「視線」だけで物語を視聴者にわからせてしまうこと。「夜がどれほど暗くても」と「バンカケ」ではこの点が特に顕著だ。
また、上川の出演作のすべてに共通しているのが「抑制」で、感情を大げさに示すことがまずない。ただ、上川隆也という俳優の真のすごさは、「普通の人間」に見せる特異な能力かもしれない。卓越した演技力を持つ彼だが、「演技をしているように見えない」。「バンカケ」の階堂などは、「超人的な刑事」という設定なのだが、どこにでもいる普通の警官のように振舞う。「俺はすごい」という芝居をしないからこそ、逆にすごく見えるのだ。「テミスの剣」では、正義を信じる男、「真犯人」は、正義を追い続ける男、「夜がどれほど暗くても」は、正義そのものを疑う男を演じた。さらに「バンカケ」では、正義を語るのではなく、目の前の犯罪を未然に防ぐ男の役である。
4作を続けて見ると、上川隆也という俳優が「正義」というテーマを違う角度から演じ分けているようにも見えて実に興味深い。「この人が主演なら外れはない」。上川はそう確信させてくれる稀有な俳優である。
文/渡辺敏樹




