「くりぃむナンタラ」、くだらなさの中に潜むものとは?【戸部田誠】
エンタメ 見放題連載コラム
2026.01.16
2025年、テレビの前でもっともバカ笑いした企画が、くりぃむしちゅーがMCを務める「くりぃむナンタラ」の「マッチョ渋滞を考えよう」だった。
なかやまきんに君、品川庄司・庄司智春、オードリー・春日俊彰、マヂカルラブリー・野田クリスタル、コロコロチキチキペッパーズ・西野創人...。いま、お笑い界はマッチョ芸人が増えすぎている、お笑い界にマッチョ芸人は一人でいい、ということで、筋肉を駆使したガチバトルでお笑い界ナンバー1のマッチョ芸人を決めようという企画だ。もうこの時点でバカバカしい。が、本編は想像のはるか上を行くバカバカしさだった。
最初の競技は、「ダルマさんが転んだ」をアレンジした「マッチョさんがポージングした」。美しいポージングを妨害する足つぼや平均台といった障害物が用意されている。だが、なぜか平均台の先頭の人が動かないという流れが出来て、競技が進まず全員失格に。
続いておこなわれたのが「Tシャツビリビリ相撲」だ。Tシャツを破り、ズボンも脱がし、相手をブーメランパンツ一丁の状態にさせた方が勝ちというルール。ただし、パンツを脱がせるのは禁止だ(なお、ポロリの危険性があるため、見たくないスタッフは退出するのが、令和っぽい)。「モラルだけ守ってくださいね」と有田哲平は言うが、誰もが想像した通り、開始して程なくしてポロリして、全員失格。最後、5人全員でバトルロイヤルをおこなうも、当然すぐにみんな脱がされてしまう。丸出しのまま、アマレスのアンクルホールドのような形で回転させられている人もいる。ひたすらくだらない。男子校的なノリだ。もはや、股間に修正を入れなくても猥褻さを感じないのではないかというくらいバカバカしい。最後は、全員全裸でマッチョポーズ。そこに「はい、いただきました!」という「OK」を意味するスタッフの声がかかると、上田晋也は呆れたように笑ってツッコんだ。
「何が『いただきました』だ!いただいたことあるか、こんなもん!」

「くりぃむナンタラ」は、2004年にスタートした「くりぃむナントカ」から番組タイトルをさまざまに変えながら断続的に続いてきた、いわゆる「くりぃむシリーズ」の第9弾で、2021年から放送枠が何度も移りながら放送されている。前作「にゅーくりぃむ」以降、演出は、「しくじり先生」などで知られる北野貴章が務めている。
「マッチョ渋滞を考えよう」や「ミニスカート陸上」のようなひたすらバカバカしい企画の一方で「THEイイカタ」や「クイズ!◯◯が考えました」のような、お笑い批評的要素が入った企画も少なくない。前者は言葉の意味よりも、言い方だけで笑いを取れるかを競う企画。何を言うかよりも、誰がどう言うかが大事であることがあらわになる。後者はゲスト俳優が、クールポコ。やコウメ太夫などのフォーマットが決まったネタを考え、どれが俳優の考えたネタなのかを当てる。批評眼のある有田らが、芸人の生理を推察しながら予想していく。それがそのままその芸人やネタの解説になっていくところが面白い。
そういった芸人の生理をエグり、その本質に迫るドッキリ企画もこの番組の真骨頂。その極致といえる企画が、ツッコミ側がドッキリで普段と違うツッコミをする「型を破りたい相方たち」や、ツッコミが締めのフレーズを言わなかったらどうなるかを検証する「『もうええわ!』を言わない相方たち」などだ。
ボケ側は予期せぬ事態に困惑。なんとかネタを成立させるように必死になるが、早々にネタから"降りて"、仕切り直そうとする人もいれば、ずっとネタの中の設定のまま、即興でボケ続ける人もいる。時には一触触発の事態になることも。また、なんとかネタを終わらせて、舞台袖に戻ると、怒りをぶつける芸人はむしろ少数派で、意外なほど、相手の精神状態を心配する芸人が多いのが興味深い。忙しすぎて精神的に限界に達し、異常な言動をする芸人を見たことがあるのだろう。
ボケ側が無理やりネタを終わらせても良さそうなものだが、ほとんどの芸人がそうはせず、困惑しながらも最後までネタを続けようとするのが面白い。5分程度の持ち時間にもかかわらず、20分近く続けるコンビまでいる。その奮闘っぷりがくだらなくも、尊い。
そうやって芸人たちを追い詰めていくことで、芸人の性(さが)を呼び覚まし、むき出しにする。"くだらない"の中に芸人論が潜んでいる。よく「お笑い」に評論は馴染まないと言われる。真面目に分析すればするほど「お笑い」と離れていってしまうからだ。だが、『くりぃむナンタラ』は間違いなく極上のお笑い論・芸人論でもある。お笑いを、くだらなくて最高に笑えるお笑いで論じる理想的な形がそこにはある。




