「そこまでしなくても」『オモウマい店』の過剰な情熱 「ヒューマングルメンタリー オモウマい店」【戸部田誠】
エンタメ 連載コラム
2025.09.28
「どういうこと?」
中京テレビ制作の『ヒューマングルメンタリー オモウマい店』を見ていると、何度となくそんな声を漏らしてしまう。
『オモウマい店』は、日本全国に存在する想像をはるかに超える「びっくりなお店」と、そこで働く個性豊かな店主たちに焦点を当てたドキュメンタリーバラエティ番組。
だから、僕ら同様、その店にやってくるお客さんも同じように「どういうこと?」と驚くメニューやサービスばかり。規格外の大盛りだったり、やたら長いソーセージが出てきたり、エビ・牛肉・ウナギを合体させたフライなどなど、想像を絶するメニューが破格の値段で提供されている。
さらに驚きなのが、替え玉のサービス。麺を追加する、いまや定番のサービスだが、普通は追加料金が発生する。だが、この番組に登場するお店なら「替え玉無料」程度では驚かない。なんと替え玉を頼むと10円がキャッシュバックされるのだ。まさに「どういうこと?」だ。「経済」という概念がバグってしまっている。
こうした店がこの番組では特別ではなく、別に何もしていないのに「今日はいいから」とお金を取らなかったり、大幅に値引きしたりもする。
「そこまでしなくても」
「どういうこと?」に並び、この番組を見ていてつぶやく言葉だ。店主たちは「お客さんのため」と言うが、そうやって赤字経営を続け潰れてしまったら、困るのは店だけでなくお客さんもだ。それでも、過剰サービスをやめることはない。そういう"性"なのだろう。
(C)中京テレビ
「そこまでしなくても」は、店主ばかりではない。この番組のスタッフもそうだ。「グルメ馬鹿」のスタッフが、日本全国を駆け回り、まだ見ぬ「オモウマい店」を自らの足で探し出すというのが特徴。いざ、それを見つけると「飛び込み」で交渉する。もちろん、簡単に取材をOKしてくれる店ばかりではない。何しろ、利益度外視で「お客さんのため」のサービスに徹している店主だ。取材カメラが入れば邪魔になることもあるし、常連客には、テレビで見てそれまで以上に混雑したら迷惑に思う人もいるだろう。断られて当然なのだ。だが、スタッフも簡単に諦めない。
それどころか、時には取材スタッフが店の手伝いまですることさえある。ドキュメンタリーの場合、取材者が取材対象者に直接的に関与するのは、ある意味、ご法度だ。だが、この番組は違う。むしろ、積極的に関与して身を投じることで、店主の熱意や苦労、そして彼らとの間に芽生える友情が自然と描かれるのだ。
しばしば「取材してあげている」「宣伝してあげている」といった目線のテレビマンの振る舞いが問題になることがあるが、それとは真逆。同じ目線、あるいは下からの目線で接している。それは、何より描きたいのが、店主という「人間」だからだろう。
こうしたグルメ番組の場合、普通「情報性」が何より優先される。お得な情報を視聴者に提供すること。それが第一義となる。それはテレビというメディアの特性上、間違っていない。
けれど『オモウマい店』はそうではない。「ヒューマングルメンタリー」と銘打たれているように、店主たちの「人間性」に焦点をあてているのだ。
過剰なサービスをする店の店主は、ことごとく過剰なキャラクターの持ち主。そのある意味で当たり前の"真理"を見事に抽出し、その曲者っぷり、豪快さ、底抜けの人の良さなどを描いているのだ。あくまでも"主役"は料理ではなく店主。運動会でよく使われる『カルメン』「第1幕への前奏曲」を始めとする軽快なBGMに乗せて、忙しく慌ただしく働く店主たちを追いながらも、前述の取材可否の攻防など、店主の人間性が垣間見える"余白"もしっかり描写する。だからこそ、その店の魅力が伝わるし、その店主に会いに行きたいと思わせることができるのだ。VTRを見てツッコんでいるヒロミや小峠英二らのいるスタジオに基本降りることがないこととも、店主が主役という精神と無関係ではないだろう。
『オモウマい店』は「そこまでしなくても」と思わせるような情熱と「どういうこと?」と思わせる常識を覆すやり方で、グルメバラエティ番組の概念を打ち破ったのだ。
