「びっくり」と出会えるシネマ歌舞伎――初心者も必見、映像で見る歌舞伎の楽しみ方

「びっくり」と出会えるシネマ歌舞伎――初心者も必見、映像で見る歌舞伎の楽しみ方

歌舞伎作品の見放題配信が始まり話題を呼んでいるJ:COM STREAM。しかし、どの作品から見たらいいのか分からない方も多いのではないだろうか。演劇は劇場で見るのが一番だが、最近は映像に工夫を凝らし、あなどれない優れた作品が多い。今回はそんな作品の中から、質が高く自宅でも十二分に楽しめるシネマ歌舞伎の作品「高野聖(こうやひじり)」「女殺油地獄(おんなごろしあぶらのじごく)」「海神別荘(かいじんべっそう)」の3作品を紹介する。

歌舞伎は「難しそう」「眠ってしまいそう」と思われるが、厳選した3作にそんな心配は無用だ。共通しておすすめの点は3つある。まずは、分かりやすい異色作であること。次に、美しいスターが共演していること。そして舞台中継ではなく映画として作られたものであるという点だ。

つまり、普段から歌舞伎に親しんでいる人も、初心者も、ともに楽しめる3本。最後の点についていえば、「シネマ歌舞伎」であることが重要だ。演劇と映画の会社ならではの松竹が双方の利点を生かしてシネマ歌舞伎を作り20年が経った。当初は「歌舞伎を映像化?」という声もあったが、日本各地で見られ、テレビの舞台中継では許されないアップ映像や、俳優インタビューに舞台裏ドキュメントなど、作品ごとに工夫した手法が評判を呼び、今では「月イチ歌舞伎」として新作・リバイバルとりまぜ、全国の映画館で楽しめるまでの人気となった。

では、作品ごとの魅力と工夫を紹介しよう。

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「高野聖(こうやひじり)」は、高野山から諸国修業を積む僧侶が山奥で美女に出会い、心惑わせるという物語。これは明治時代の作品で、小説家で劇作家の泉鏡花の筆。高潔な修行僧・宗朝(そうちょう)を演じるのは中村獅童。いま、ボートレースのCMシリーズが人気だが、映画「硫黄島からの手紙」「レッドクリフ」でも大活躍だ。その心を惑わす美女が坂東玉三郎。歌舞伎界では女方(おんながた)の人間国宝だが映画監督の経験もあり、本作の編集も行っている。玉三郎は山奥の一軒家に住む妖しい美女を演じる。

最大の見せ場は入浴シーン。歌舞伎として初上演された1954年当時には、美貌で人気の先代・中村扇雀(後の四代目坂田藤十郎)が演じて話題になった。

「歌舞伎」という言葉の語源には「びっくりさせること」という意味もある。どうしてこんな不思議を納得させてしまうのかという美の世界を映像で確かめてほしい。この女は魔物で、卑しい心を持った人間を虫や動物に変えてしまう恐ろしい存在だ。露天風呂での誘惑に果たして宗朝は? 実際の山や森での別撮り映像を交えながらの特別版。宗朝と同じ体験を味わってほしい。

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「女殺油地獄」は油屋の女房が殺された強盗殺人事件で、被害者は油屋の女房である。原作は近松門左衛門。約300年前に人形芝居として書かれたものだ。実際にあった出来事でニュース性があったが、江戸時代には、それきり上演されなかった。明治時代になり、近松再評価の研究から、近代性に富む秀作と注目され人気作に。中でも現在の人間国宝である片岡仁左衛門が孝夫時代に演じて大評判の出世作となった。

主人公、油屋の不良息子・与兵衛(よへい)は、まじめに働かず遊んでばかり。借金に苦しみ、油屋仲間の主人が留守の時に女房・お吉(きち)に借金を断られたため、お吉惨殺に及び金を奪う。現代でも同じような事件が相次いでいる。歌舞伎は、そんなどうしようもない若者が育った家庭環境を描きながら、親に叱られるとすねたり、暴力をふるったり、でも内心は親に迷惑をかけたくないと思ったりと、コロコロ猫の目のようにかわる心理も描いている。計画殺人ではなく、成り行きで殺してしまう――その変わり目を、仁左衛門は見事に演じる。映画ならではのアップで「こんな真人間の時もあるんだ」「ここで殺す決心をしたのか」と克明に心理変化が分かるので見逃せない。

ハイライトは殺人の場面。油桶が並ぶ店先、闇の中での立ち廻り。桶が倒れ、女房も与兵衛も全身油まみれになりながら、リアルな演技が展開する。滑って転び、髪をつかんで引きずり回し、また転び、そして真っ赤な血が......これこそ「びっくりさせる」という古典歌舞伎の演出。ぬるぬる、どろどろの格闘に使われる「油」は、ふのりという海藻を煮込んで作るもの。舞台照明でギトギト光るところも見もの。

初演の時は主人公と同年代の孝夫。その後、仁左衛門を襲名し年齢を重ねた撮影当時でも、万年青年の若さそのままに、闇の世界に転落する青年を演じている。殺されるお吉は子息の孝太郎、お吉の娘を演じるのは、当時は小学生で今は花形として活躍している孫の千之助。親子三代の共演も話題の作品だ。

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「海神別荘」は「高野聖」と同じ泉鏡花の原作。「浦島太郎」の竜宮城や「リトル・マーメイド」の世界が展開する。

海底の皇子役は海老蔵時代の市川團十郎。抜群に美しい貴公子だ。輿入れしてくる陸の美女は玉三郎。ドレスのような独特の衣裳は、これが歌舞伎?という「びっくりスタイル」で、絵のような男女を堪能したい。また、とっておきの舞台裏映像と玉三郎の解説が特典映像としてついている。

女は嫁ぐものの陸地に戻りたいと思う。いったん、ふるさとに戻ったものの、親には女の姿が蛇にしか見えない。人間の心を引きずる女の絶望を描き、王子の剣に刺されることを願う。人間には真実が見えていないという強烈な文明批判のメッセージが耽美な世界に込められている。最大の見どころは海の中を海竜の背に乗って嫁入りしてくるスペクタクルシーン。きらびやかなセリフの洪水とともにお楽しみいただきたい。

「びっくり」な見どころが詰まった歌舞伎が見放題で楽しめるJ:COM STREAM。ぜひ、歌舞伎との新しい出会いを!

文/葛西聖司

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