これぞ真骨頂!"人間の情念"が渦巻く松本清張作品6選
2025.07.15
「松本清張サスペンス 塗られた本」
文豪・松本清張の命日が8月4日であることにちなみ、8月3日(日)にチャンネル銀河では「特集:松本清張サスペンス」と題して6作品を一挙放送する。
松本清張といえば、自身が作家に専念するきっかけとなった第28回芥川賞受賞作の短編小説『或る「小倉日記」伝』に始まり、社会派推理小説ブームを巻き起こすきっかけとなった推理小説「点と線」や「眼の壁」、さらに緻密で深い研究に基づくノンフィクション「日本の黒い霧」「昭和史発掘」、はたまた時代小説「無宿人別帳」「かげろう絵図」「天保図録」など、ジャンルにまたがって広く多くの作品を残した戦後の日本を代表する文豪の1人だ。
中でも、「ゼロの焦点」「黒革の手帖」「一年半待て」「共犯者」「砂の器」「けものみち」「張込み」など何度も映像化された作品だけでも枚挙にいとまがないほど映像との親和性の高い作品が多く、今年の6月もNHK BSで名作「天城越え」が映像化されるなど、いまだにその人気は高い。
実写化多数の時代を超えて愛される松本清張作品
現代ではクオリティーの高い多種多様な小説が星の数ほど発表されている中、なぜここまで松本清張作品が何度も映像化されるのか?それは、女性の権利が強くなり始めた時期であったり、高度経済成長期であったりと、社会派を描くにはもってこいのドラマチックな時代背景もさることながら、いつの時代にもフィットする普遍的な"人間の情念"を描いているからだ。出世欲、承認欲求、華やかな世界への憧れ、恵まれない日常からの脱却への渇望、強すぎるあまり歪んでしまった愛情など、最も人間らしい部分を丹念に描いているからこそ、多くの人々の心を打つし、何度も観て展開を覚えていようともまた観てしまう。
「松本清張サスペンス 危険な斜面」(C)ユニオン映画
6者6様のタイプの異なる選りすぐりの6作品
そして、その核となる"人間の情念"をあらゆる手法で見せてくれる多彩さも魅力。今回の特集で取り上げられる作品も、核である"人間の情念"を軸にしながら、さまざまな見せ方で楽しむことができる。
「塗られた本」は、出版社を経営する紺野美也子(沢口靖子)が、芥川賞作家でありながら現在は脳の病に侵されてしまった夫・卓一(勝村政信)の再起のため、融資を依頼する銀行員やベストセラー作家など、ひと癖もふた癖もある男たち相手に女の武器をちらつかせながら奮闘していく中、ある殺人事件が発生するというストーリー。沢口演じる美しく聡明な美也子の奮闘ぶりを描きながら、彼女をつき動かす"情念"には"女性の強かさ"が原動力となっている。
また、「危険な斜面」は、渡部篤郎演じる大手電機メーカーの平社員・秋場文作が、秘書室長・野関利江(長谷川京子)と偶然再会したことから始まる物語。秋場と利江はかつての恋人同士で、秋場には妻子があり、利江は会長の愛人だった。再会後2人の関係は一瞬で燃え上がり、利江の企てにより秋場は会長に引き立てられる。実力はあれど日陰のポジションに甘んじていただけだった秋場は出世街道を突き進んでいくのだが、ある時、利江から思いも寄らぬ要望を打ち明けられるという展開で、渡部が扮(ふん)するやり手サラリーマンが出世欲にとらわれ、周りが見えなくなっていくさまをスリリングに描写していく。
「松本清張サスペンス 一年半待て」(C)FCC
一方、「一年半待て」では、才色兼備の弁護士・高森滝子(菊川怜)にある弁護依頼が舞い込む。それは、無職の夫・要吉(渋川清彦)の殺害容疑で逮捕された保険会社勧誘員・須村さと子(石田ひかり)の弁護だった。事件の夜、酒癖の悪い要吉が酔っ払ってさと子に暴行を働き、そのDVから一人息子を守るため、止む無く殺害に至ってしまったという状況であったため、滝子はさと子の正当防衛を主張するというストーリー。前半でハラハラする裁判を見せつつ、後半では驚きの事件の真相が明かされるという"裏切り"の展開の中に、滝子の潔癖なくらいの真っ直ぐさや、ラストで明らかになるさと子の胸の内など、2時間では描き切れないほどの"情念"が詰め込まれている。
ほか、真実の愛について考えさせられる「張込み」や、社会の闇に警鐘を鳴らす「影の地帯」、さまざまな思惑と愛憎が入り混じる「犯罪の回送」など、タイプの異なる6作品を楽しむことができる。
豪華俳優陣が繊細な心の機微を表現した見事な演技と共に、松本清張作品の魅力をタイプの異なる作品から思う存分堪能してほしい。
文/原田健