韓国ドラマ初心者へ贈る名作、ソン・ジュンギ×イ・ソンミン共演「財閥家の末息子」【古家正亨】

韓国ドラマ初心者へ贈る名作、ソン・ジュンギ×イ・ソンミン共演「財閥家の末息子」【古家正亨】

最近、「もしも古家さんが、韓国ドラマに全く興味のない男性に作品をお薦めするとしたら、どのドラマを選びますか?」という質問をされたことがあったんです。これは本当に難しい質問で、もちろんすぐに「〇〇」「△△」など、何作品か挙げることは可能なんですが、ただそれは、僕自身のお気に入りである、いわゆる僕の"人生ドラマ(人生において特別なドラマのこと)"であって、果たして大衆的なチョイスと言えるのか?先ほどの質問の答えとして妥当かどうか?自信がありません。ただ、この作品はそういった点を踏まえても、間違いなく"お薦め"できるドラマと言えます。それが今回ご紹介する「財閥家の末息子~Reborn Rich~」です。

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その理由はいくつもありますが、まず、韓国ドラマ的な要素、そのすべてがこの一作に収められているというところ。人によって、韓国ドラマに求めるものは変わってくると思いますが、この作品は、復讐モノ、転生モノ、企業(財閥)モノ、近現代史を扱った実録ドラマ(これについては後ほど解説しますね)の側面まであって(ストーリー上、ラブラインは少し弱めですが...)、多くの方が韓国ドラマに求めている要素が凝縮された、韓国的家族愛と人間関係に満ちた作品に仕上がっています。

韓国を代表する財閥・スニャングループに忠誠を尽くしながらも、あっけなく切り捨てられ、銃弾に倒れてしまうソン・ジュンギさん演じるユン・ヒョンウ。ところが...死んだはずの彼が目を覚ますと、そこは、ソウルオリンピックを翌年に控え、民主化へと突き進むもうとする激動の時代と言われる1987年だったんです。しかもヒョンウは、スニャングループ創業者チン・ヤンチョル会長の孫チン・ドジュンの体に乗り移り、自分を殺した財閥家の孫として二度目の人生を歩むことになるんですね。当然ヒョンウは、ここから復讐を仕掛けていくんですが、そのつもりでいながらも、財閥家の孫としての人生を歩んでいくことで芽生え始める家族への"情"に心揺さぶられることになるんです...。

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お薦めの理由、その2つ目は、今、簡単にあらすじを紹介しただけでもグッと惹かれるものがあったと思いますが、近現代史をテーマにした作品であるということです。日本で公開された韓国映画の中でも、チョ・ジョンソクさん主演の『大統領暗殺裁判 16日間の真実』(2024)、ファン・ジョンミンさん主演の『ソウルの春』(2023)、ソン・ガンホさん主演の『タクシー運転手 約束は海を越えて』(2017)、キム・ユンソクさん主演の『1987、ある闘いの真実』(2017)、キム・ヘスさん主演の『国家が破産する日』(2018)など、1970年代から90年代にかけて、実際に起こった出来事をベースに制作されたテーマのものがヒットを記録しています。自分たちが生きてきた時代と重ね合わせることができて、しかもそれをエンターテインメントを通じて疑似体験できることもあり、興味を持たれる方が多いんだと思います。そして、韓国における民主化の過程は、政治や財閥など、巨大な権力との戦いからの勝利でもあるので、我々日本人も、そういった作品を通じた代理満足によって、生きる活力や希望が得られるからこそ、このようなテーマの作品が人気を集めるのだと思うんです。

そして、ヒョンウが転生する1987年と言えば、北朝鮮の工作員によって飛行中の航空機が爆破されたテロ事件である大韓航空機爆破事件があり、当時の盧泰愚大統領候補が大統領直接選挙制への憲法改正を含む「民主化宣言」を発表。この宣言を受けて同年12月に直接選挙制の大統領選挙が行われるなど、韓国の民主化における転換点とも言える年でした。そんな状況で翌88年には、ソウルで夏のオリンピックが開催されたわけです。

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民主化によってもたらされた富は、江南地区の開発と地価高騰につながり、富める者は富み、貧する者は貧していき、経済格差も拡大していきます。こうして生まれた富も、その多くは見かけだけの豊かさだけだったのかもしれません。誰がその約10年後に、国家的に財政危機に陥り、国際通貨基金(IMF)から救済支援を受けることになると想像できたでしょうか。韓国現代史上最も困難な時期といえる1997年のアジア通貨危機に端を発する国家財政破綻から、財閥の構造調整(いわゆるリストラ)などにより危機を乗り越え、2002年には日韓共同でFIFAワールドカップを開催するまでに至る...今の華やかで、憧れの文化発信地である韓国からは想像できない、でも、たった数十年前の出来事である韓国の近現代史を、ドラマというエンターテインメントを介在して擬似体験できることも、このドラマの魅力だと思うのです。しかも、フィクションでありながら、実際にあった出来事が、このドラマのストーリーと見事に融合していて、時に、まるでドキュメンタリーを見ているのかと錯覚するほど、よく出来ているのです。実はこれが3つ目のお薦めの理由につながっていくのですが...。

韓国ドラマファンであれば、このドラマに関心を持つきっかけになったのが、日本でも大人気で、11月に約14年ぶりにファンミーティングを日本で開催したばかりのソン・ジュンギさんが主演であるという点ではないでしょうか。彼の演じたヒョンウは、全てを捧げ尽くしていたにも関わらず、都合よく自らの命を奪ったスニャングループ、その創業者であるチン・ヤンチョル会長の孫となって復讐を企てるという難しい役柄。それを、実に巧みに演じていて、そんな彼を見るだけでも価値のある作品と言えるんですが、個人的には、そのスニャングループ創業者であるチン・ヤンチョル会長を演じたイ・ソンミンさんの神懸かった演技が、このドラマの成功につながったと言っていいと思うんです。

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表向きには明言されていませんが、ドラマに登場するスニャングループは、韓国を代表する世界的財閥グループをベースにしたとされています。実際、このドラマに出てくる主人公ヒョンウが所属していたスニャングループの未来資産管理チームは、実際にその財閥グループ内でグループのコントロールタワーとして君臨し、2017年に解体されるまで、58年間にわたってグループ全般の業務に関与し、オーナー一家の手足のように機能して、政府相手にロビー活動を行ってきた政経癒着の典型例とされた未来戦略室そのものではないかと言われたほど。日本だと、制作サイドが配慮して、露骨にわかりやすい企業批判は最初から展開しないと思いますが、こういうことが出来てしまうのが韓国エンタメ界の強みとも言えますよね。先ほど"まるでドキュメンタリー"という風に紹介させていただいたこのドラマですが、こういった実際に存在する企業や人をベースにしていると感じさせるからこそ、独特なリアリティーを生み出し、それがその魅力に直結していると思うんです。財閥批判は今に始まったことではありませんが、このドラマでは財閥という存在が韓国社会で果たしてきた功と罪をしっかり描き、それでも、それに対する人々の妬みや怒りがリアルに表現されているところに、韓国社会の懐の広さを感じます。そんな物語の中心を担うスニャングループ会長を演じているのが、イ・ソンミンさんというわけです。

イ・ソンミンさんと言えば、僕の"人生ドラマ"である韓国ドラマ史に残る傑作「ミセン-未生-」で、主人公のチャン・グレを支える理想の上司、オ・サンシク課長を演じたことで知られていますが、本作では、その演技力が神の域に達していて、ソン・ジュンギさんの名演が、時にかすんでしまうほどの存在感を放っています。韓国経済に大きな影響を与えたチン・ヤンチョルという人物の偉大さを、オーラとして身にまといながら、冷徹さ、狡猾さ、時折見せる人間味といった複雑な感情を絶妙なバランスで演じ切っていて、見ていて本当に圧倒されてしまいます。僕自身、「ミセン-未生-」をきっかけにイ・ソンミンさんのファンになり、以降彼の出演作はすべて見ていますが、その中でも本作は間違いなく彼の代表作の一つと言っていいでしょう。

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このように、近現代史を背景としたリアリティー、そして財閥を斬っていく代理満足的な爽快感があり、転生モノであることを忘れるほどの巧みなストーリーテリング...。設定としては、新しさは感じられないかもしれませんが、俳優陣の圧倒的な演技力によって、唯一無二の魅力を持った作品に昇華させています。それはまるで"ストラディヴァリウスを使った弦楽奏"を聴いている感覚とでも言えばいいでしょうか。

古家正亨

古家正亨 (ラジオDJ/イベントMC)

ラジオDJ、イベントMC。 K-POPなどの「韓流」カルチャーを20年以上にわたり日本に紹介してきた古家正亨が、毎月オススメの韓流コンテンツを紹介。

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