【古家正亨連載】キム・ジウン×ロモン「ブランディングイン聖水洞」は、今という時代を切り取った若者たちの夢と希望の物語

【古家正亨連載】キム・ジウン×ロモン「ブランディングイン聖水洞」は、今という時代を切り取った若者たちの夢と希望の物語

今回紹介する「ブランディングイン聖水洞」は、お仕事モノと男女入れ替わりモノという、韓国ドラマでこれまで何度となく使われてきたプロットを踏襲しながらも新鮮な印象を与えてくれる、"今"という時代を切り取ったドラマに仕上がっているところが見どころと言える作品です。主人公のナオンを演じるキム・ジウンさんは、「チェックイン漢陽(ハニャン)」で芯の強い男装女子を印象的に演じていましたが、それ以上にこのドラマでは、彼女史上最高に"キツい"性格を持った女性を演じ、インパクトを与えてくれます。ただ、後半になるにつれて、彼女の可愛らしさが出てくるので、その辺りはご安心を。そして、ちょっとおとぼけなインターン、ウノを演じているのはロモンさん。ドラマ「今、私たちの学校は...」のイ・スヒョク役で日本でも脚光を浴びることになった俳優さんですが、彫りの深い顔立ちからは想像もつかないコミカルな演技を見せ、このドラマでは楽しませてくれます。まさに「新境地を開拓した」そんな印象を与えてくれる作品です。

250926_brandinginseongsu02.jpg

1990年生まれのカン・ナオン(キム・ジウン)は、"生きる神話"といわれるほど業界をざわつかせている、マーケティング会社のチーム長。業務では成果をあげているものの、冷酷すぎる性格がゆえに社内に敵が多いのが辛いところ。ナオンはある日、昇進を目前にして濡れ衣を着せられ、解雇されることになってしまいます。そんな中、ポンコツだと思っていたインターンのウノとの不意なキスによって、魂が入れ替わってしまい...。成功のために、友情も愛もないがしろにしてきたナオンでしたが、なぜかウノが気になり始めてしまいます。一方ウノは、嫌な上司だと思っていたナオンの、最年少女性チーム長としての苦労を知り、思いやりと尊敬が、やがて愛へと変わっていくことに気づき始めるんです。

250926_brandinginseongsu03.jpg

先ほど"今"を切り取ったドラマという風に紹介させていただきましたが、その理由は、ドラマの舞台が韓国・ソウルの聖水洞(ソンスドン)であるところです。今や、韓国・ソウルのトレンド、そして世界のトレンドの最先端が感じられるエリアとして、特に若者たちから絶大な人気を得ているのが、ソウルの地下鉄2号線聖水駅を中心とするエリア、聖水洞なんです。れんが造りのおしゃれな建物が軒を連ねるレトロな雰囲気の中、映える写真撮影に夢中になっている若者たちが集う、ソウルのホットプレイスとして圧倒的な人気を集めています。この一帯を中心にファッションを再定義し、韓国最大手のファッションECに成長を遂げた、日本でもお馴染みのブランド「MUSINSA」が、聖水駅のネーミングライツを購入したというニュースが大きな話題になっていたほど。元々この周辺は中小の町工場が並ぶ一帯でしたが、再開発によってアートやデザイン、文化の中心地となって、今では、そんなリノベーションされた建物が、カフェやギャラリー、そして様々なアイテムを扱うショップが集まる、若者たちや芸術愛好家に人気のスポットとなっています。

250926_brandinginseongsu04.jpg

実はこの聖水洞、1970年代から、手作りで靴を作るお店が集まるようになって、現在もおよそ350のハンドメイドシューズの生産業者や下請け業者などが集まっています。一昔前までは高嶺の花だったハンドメイドシューズですが、百貨店の台頭によって高級志向に変化が生まれ、徐々にその需要が減り、さらに外国で作られた安く、丈夫な靴が大量に輸入されるようになって以降、韓国内のハンドメイドシューズの工場は、廃業を余儀なくされる工場や企業が相次ぎました。さらに、技術を継承する次世代も育成されない中、そうした工場跡地が、皮肉にも、現在のおしゃれなカフェやお店に変わったと言う歴史があるんです。まさに、ドラマに出てきた通り、おしゃれなものを作るために、お金で、元々あった靴工場を買収して...と言うような流れがあって、今の聖水洞があるわけです。

その一方で、ハンドメイドシューズの伝統と技術を守ろうと、再びお店の数が増えつつあります。現在、聖水洞には、ソウルの製靴業社の86パーセントが集結していて、そのほとんどが、相手先企業のブランドをつけて販売される方式で靴を作っています。これもまたドラマに出てきましたが、そのような業者を支援し、その技術を継承しようという動きもあるんですね。ただ、靴作りは手間のかかる作業が多く、収入が少ないため、その技術を受け継ごうとする若者が増えない。そこで最近は、ソウル市と聖水洞のある城東区が、若い靴職人の育成や技術の継承をするために、官民が一体になってその対策に乗り出しています。こうした聖水洞の背景を知ると、このドラマの面白さがより感じられると思うんです。

250926_brandinginseongsu05.jpg

そして本作は、1話30分、全24話という構成で、韓国ではWebドラマのカテゴリーに入る作品であることも、このドラマならではの面白さと言えます。ちなみに、韓国政府傘下の韓国コンテンツ振興院では、Webドラマの定義を「テレビではなくインターネットやモバイルを通じての視聴が可能な、10~15分の長さで制作されたドラマであり、オンライン動画ストリーミングサービスを通じて放送されるもの」としています。そもそもテレビ放送が前提ではなく、スマホで手軽に見れる、いわゆるスナックカルチャーというジャンルのコンテンツといえます。なので、その視聴ターゲットも主なスマホの利用者である10~20代の若者層としたものが多く、そのターゲットに合わせて認知度の高いK-POPアイドルや若手俳優を積極的に活用する作品が多いんです。当然、内容は学校を舞台にした青春恋愛モノが多くなるわけです。

地上波やOTT(配信プラットフォーム)のドラマと比較すると、同じ学校を舞台にしたものでも、地上波やOTTが広く社会問題を扱っている一方、Webドラマにおいては、個人の日常レベルで起こりそうな出来事を通じて問題が提起され、多くの若者から共感を得やすいかたちとなっているケースが多くみられます。つまり、スマホに慣れた若い世代の共感が重視され、地上波やOTTドラマよりもより明確な、特定の視聴層にとってのリアリティーが、作り手によって緻密に生み出されているのが、Webドラマの特徴といえます。

250926_brandinginseongsu06.jpg

ただ、最近ではモバイル機器の大衆化に伴い、当初はジャンルに偏りの見られたWebドラマも、より視聴者層の広がりを重視するようになってきました。手軽に見られるスナックカルチャーの要素は残しながら、舞台を学校だけでなく会社にも広げ、会社員世代にもターゲットを広げつつあります。このドラマは、若者に注目されている聖水洞というエリアを舞台に、若者たちが憧れるマーケティングといった仕事にスポットを当てているという点で、今の若い世代全体に向けたドラマに仕上がっていると思います。このドラマが"今"という時代でなければ生まれなかったと言えるのは、こういったさまざまな背景があるからで、だからこそ"今"この時代にリアリティーを感じながら見てほしいのです。

古家正亨

古家正亨 (ラジオDJ/イベントMC)

ラジオDJ、イベントMC。 K-POPなどの「韓流」カルチャーを20年以上にわたり日本に紹介してきた古家正亨が、毎月オススメの韓流コンテンツを紹介。

連載一覧はこちら

古家正亨

古家正亨 (ラジオDJ/イベントMC)

ラジオDJ、イベントMC。 K-POPなどの「韓流」カルチャーを20年以上にわたり日本に紹介してきた古家正亨が、毎月オススメの韓流コンテンツを紹介。

連載一覧はこちら

韓国・アジアドラマ 連載コラム

もっとみる

韓国・アジアドラマ インタビュー

もっとみる